1442話 三つの綻び
クルヤの語った英雄譚は確かに事実なのだろう。
イメルダの仕えていたゴルマン伯爵なる人物が悪逆非道な趣味に興じていたことも。
そんなゴルマン伯爵をクルヤ達が打ち倒し、悪行に終止符を打ったのも、きっと嘘偽りのない事実の筈だ。
フラリと現れた冒険者がその地に根差していた悪を打ち倒して町を救う。あぁ、確かに胸の空くような英雄譚だ。
けれどそんな英雄譚も、テミスの目には少しだけ不可解な点が見受けられた。
「三つだ。クルヤ、お前の話にはおかしな点が三つある」
ぴしり。と。
テミスはクルヤに向けて指を三本立ててみせると、凛とした口調で宣言した。
既にテミスの中では、予測に基づいた答えが導き出されている。
いわばこれはその答え合わせ。
煌びやかな英雄譚の生皮を剥ぎ、その内を暴くのは忍びなくはあるが、こうして敵として相対してしまった以上、たとえその性根を気に入ろうとも、確かめておかねばならない事だった。
「まず一つ。あのエルフの姉妹……ヴァルナとシェナだったか? お前はゴルマン伯爵の屋敷に囚われていたと言ったな?」
「言ったとも。だが……おかしな話ではないだろう?」
「いいや、おかしな話さ。何故なら、伯爵の手元には既に玩具があるではないか。加えて攫ったのはその地に住まう子供……憚らずに言うのなら、いつだって攫える存在だ」
「…………」
「妙な話だ。手元にまだエルフなんていう珍しい玩具があるというのに、何故新たに子供を攫ったのだろうな? 飽きたのか? それとも……壊れたのか……」
邪悪な笑顔を浮かべたテミスは、クルヤに突き付けた指を一本折って問い詰めるように自らの疑問を並べたてると、一度言葉を切ってクルヤの様子を窺い見た。
だが、クルヤはテミスの言葉に抗弁こそしなかったものの、顔色は平然としたままテミスを睨み返しており、その内心を窺い知る事はできなかった。
そんなクルヤに、テミスは二本目の指を折ると、チラリとイメルダへ視線を向けた後、小さく息を吸い込んで口を開いた。
「ならば二つ目。お前達にとってイメルダは敵で、彼女の言葉によれば確かに相対したらしい。だが一方で、当時のお前達は魔法使いが一人と戦えないお前のみ。不意打ちで殺し切るか、先程の爆発のように圧倒的な火力を以て焼き殺すのであれば兎も角、仮にも私の剣を受けるほどの腕を持つ彼女を、いったいどうやって殺さずに仕留めたんだ?」
「ぇ……?」
「っ……!」
突如として水を向けられたイメルダは、一瞬ぽかんとした表情を浮かべて首をかしげるが、投げかけられたテミスの問いにその顔を青ざめさせる。
だが、それも無理は無い話だろう。
イメルダの記憶では、クルヤ達には怪我を介抱されてここに居ると刻まれているのだ。
一方でテミスの主張を鑑みるならば、彼女は一度死んでいるという事になる。
「そして最後」
しかし、テミスは顔面を蒼白に染め、唇を小刻みに振るわせながら目を見開くイメルダを黙殺すると、最後に残った一本の指を折ると共に問いを口にした。
「これまで、激高するまで頑なに戦おうとしなかったその姿勢。それにかつて仲間から斬り捨てられたかのような言動。加えて、何故か我々の前に現れたもう一人の私達……」
「っ……!! 黙れッ……!!」
「ククッ……。さて、お前達は何者だ? 果たして自分が間違い無く自分自身であると、何を以て証明できる?」
まるで、振り上げた刃を振り下ろすかの如く。
テミスはその視線をイメルダへと向け、抉り込むように問いを重ねていく。
確証は無かった。
だが、疑うに足る要素はいくつもあった。何故か生き返っていたアレックスに、殺した途端に消え失せた自分達。
魔法ですら成し得る事の出来ない、あり得ない事象が起こっているからこそ、そこには理を越えた力が関わっていると推測できる。
そして転生者には、その手の力が在る事をテミスは知っていた。
「…………!!! 待ってくれ……確かにあの時、意識の無い時間はあったが……いや……だがそんな……ッ……!!」
「クッ……!!! うぉぉぉぉおおおおおおおおおッッ!!!」
突き付けられた残虐な問いに、イメルダは携えていた大盾を取り落とすと、ガタガタと身体を震わせ始める。
刹那。
クルヤは狂ったような雄叫びをあげて下ろしていた剣を振りかぶると、がむしゃらに振り回しながらテミスへと斬りかかった。
だが、それは同時にテミスの推測が正しいと答えているようなもので。
「フリーディア。イメルダは任せる。もう用済みだ。落ち着かせるなり、止めを刺してやるなり好きにしろ」
テミスはクルヤの振るう剣を悠々と受け止めながら、肩を落とすフリーディアへとそう言い残すと、突進してくるクルヤの勢いに合わせて、場所を変えるかの如く後退していったのだった。




