1439話 解り合えぬ者達
コツリ、コツリ。と。
打ち合わされる剣戟の音が、炸裂する魔法の爆音が鳴り渡る戦場の中を、二つの足音が静かに響き渡る。
フリーディアを従えたテミスはその肩に抜き放った大剣を担いだまま、ゆっくりとした足取りでクルヤ達の元へ赴いていた。
そこでは、漸く意識を取り戻したらしいイメルダが、介抱するクルヤに弱々しい微笑みを浮かべて礼を述べている。
だが、歩み寄るテミス達の存在に気が付くや否や、微笑みは厳しい表情の奥へと消え、イメルダは傷付いた身体を引き摺りながらもゆらりと立ち上がった。
「……何処のどいつに唆されたか察しは付くが、喧嘩を売る相手を間違えたな」
「クルヤ。下がって。私の後ろに」
「…………」
互いの間合いの外。距離にして十数歩ほどの場所で立ち止まったテミスがおもむろに口を開くと、イメルダは固い表情のまま大盾を構えてクルヤを庇う。
しかし、イメルダの傍らに立つクルヤは、憎しみの籠った表情でテミスを睨み付けたまま動く事は無く、その睨み殺さんばかりの視線にテミスはクスリと皮肉気に笑みを浮かべて肩を竦めた。
「それで? 選ばれし女神の戦士たるお前は、課された使命に殉じるつもりか? ハッ……酔狂なものだな。なぁに、その表情を見るに答えなど想像は付くが、一応聞いておこうと思っただけさ」
「……だと」
「ン……?」
「選ばれた……だと……?」
だが、皮肉代わりに投げかけた問いにクルヤはピクリと肩を揺らすと、低い声でボソリと言葉を零した後、ぎしりと拳を握り締めて怒りの咆哮をあげる。
「俺の何処が選ばれたって言うんだよォッ!!! ふざけるなよ!! 何も知らねぇくせにべらべらべらべらと知ったような顔でッ!! そんなに強えぇお前に俺の何が分かるってんだッ!」
「――っ!?」
「あぁ戦いたかったさ!! 俺だってッ!! 悪の魔王に立ち向かう勇者だぞ!? 燃えねぇわけがねぇだろうがッ!! だってのにッ……!!!」
「…………。あぁ……」
突如として怒りに満ちた叫びを上げたクルヤに、テミスは一瞬だけ目を見開いて驚きを露わにしたものの、ただ納得したかのような呟きと共にただ小さく息を漏らした。
一方で、彼の仲間であるはずのイメルダと、転生者たちの事情など知る由もないフリーディアはビクリと肩を跳ねさせ、クルヤの叫びに耳を傾けている。
しかし、その辺りの事情を知るテミスにとって、ただ相対しているだけの敵であるクルヤの事情など心底どうでもよく、乾いた笑みを浮かべるとクルヤが呼吸を整えた隙に口を挟んだ。
「悪いが、お前の身の上になど興味は無いんだ。だいたい察しは付くしな。それに、如何なる理由があろうと、私の前に立ちはだかるならば斬るまでだ」
おおかた、戦闘向きの能力が芽生えなかったが故に、居場所が無かっただとか、苦労しただとかいう手の話だろう。
確かにクルヤにとっては身につまされる重大な過去なのだろうが、その程度の悲劇ならば、ヤマトの町に居た連中ならば軒並み経験している良くある話だった。
だからこそ、聞く価値無しと断じたテミスは、イメルダの体力が回復する前に戦闘に持ち込むべく、ピシャリと話の腰を折ったのだが……。
「あぁ……お前達はいつだってそうだ。自分勝手に人を値踏みして切り捨てて……だったら俺だって好き勝手にしても良いだろうがッ!!!」
「…………」
「俺はただ、この世界でこいつらと普通に……幸せに暮らしていきたいだけなんだ!! それすらも許さねぇってのかッ!!!」
「…………。フッ……クク……。なんだ、そういう事か……」
まるで癇癪でも起こしたかのように叫んだクルヤに、テミスは僅かな間呆気にとられた表情を浮かべた後、クスクスと肩を揺らして笑い始める。
くだらない。実にくだらない勘違いをしていた。
女神だ? 使命だ? 何を危惧していたんだ私は。
コイツはそんな大それたヤツなんかじゃない。ただの餓えた野良犬だ。
だからといって、噛み付いてきた野良犬を無条件で許してやるほど、何処ぞのお人好しほど優しくなど無いが、狂信者でないというのならば話くらいは通じるだろう。
「わかった。どうやら、私はお前の事を誤解していたらしい。ここで退くというのなら見逃してやる。幸せに暮らしたいのならば、何処か遠くで勝手にやれよ。いちいち気合を入れて殺し合うのだって面倒なんだ。私が気に入らない気持ちは理解できるが、気に入らんのならば関わり合いにならなければ良い。いちいち噛み付いて来るな」
恐らく今回は、このクルヤという男が抱える過去のトラウマか怒りの琴線に、私という存在が運悪く引っ掛かってしまっただけなのだろう。
故に、こいつは私を排除すべく狙いを定め、こうして面倒事を仕掛けてきたという訳だ。
ならば、互いに顔を合わさない所でそれぞれの日々を過ごしていけば良いじゃないか。わざわざ神経をすり減らして殺し合う必要なんかない。
そう思ったが故に、テミスは自分が殺されかけた事も水に流して、この騒動の決着をつけてやろうと告げたのだが……。
「……勝手に納得して話を終わらせようとしてるなよ。俺はこの町が良い。俺ならこの町を更に良くできる。そう決めたんだ」
「やれやれ……残念だ。ではフリーディア。イメルダの相手は任せた。喜べ、別にそいつは殺さなくても構わんぞ。私がこいつを始末するまで適当に足止めをしておけ」
「テミス……。いえ……今は何も言わないわ。了解よ」
怒りに目を血走らせたクルヤは、ギラリとテミスを睨み付けながら腰に携えた剣を抜き放つ。
その答えに、テミスはチラリと傍らのフリーディアへと視線を送りながら肩を竦めてみせた後、肩に担いでいた大剣を構えながら、軽い口調で指示を出したのだった。




