表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/2273

132話 混成軍団

「それで……具体的にはどうするんだい?」


 硬直していた空気が解けると、テミスの席を本来の主へと受け渡したルギウスが問いかけた。


「相手は五個師団もの大軍……対してこちらの戦力は警備兵を合わせても四個大隊程度。その練度に天と地ほどの差があるとはいえ、こちらから仕掛けるのは得策ではないだろうな」

「……発言を」

「許可する。あ~……なんだ、そう硬くならなくて良い。気付いた事は立場関係なく何でも発言してくれ」


 誓いを立てて以降、強張った面持ちで沈黙を貫いていたカルヴァスが挙手すると、その硬すぎる姿勢にテミスは苦笑いを零した。今でこそかなり和らいだが、私の部下になってすぐのマグヌスでもあそこまでではなかったぞ……。


「はい。先の戦いで、我々は多数を相手取る戦いが不得手であると痛感しました」

「まっ……待て待て!!」

「は……? 何でしょうか?」


 カルヴァスが口を開いた途端、机の上に身を乗り出したテミスが大慌てで発言を止めさせる。一応、カルヴァスは口を噤んだが、不思議そうな顔でテミスの方を眺めていた。


 ――馬鹿なのかこいつは?

 その顔を見て、テミスは心の中で盛大にため息をついた。

 本来は敵同士の部隊を纏め、互いに行き来する情報を少なくするために私が総指揮を執っているはずだ。だというのに、こんな事を口走ってしまっては意味がないではないか。


「ククッ……」

「フフッ……」

「……っ?」


 カルヴァスの声が虚空に消えた後の沈黙を、二つの笑いが優しく切り開いた。しかしその笑いは嘲笑ではなく、思わず零れたと言うような日常の温かさを孕んでいた。


「そういう君だからこそ、僕は総指揮官を預けたんだ。やはり正解だったね」

「ええ。私の事を色々と言ってくれてるみたいだけれど、テミスも相当よ? ねぇ、そちらの……副官さん?」


 二人はクスクスと笑い声を上げながら声を上げると、それぞれ思い思いの相手に視線を送った。


「……申し訳ありませんが。回答は――」

「――ええ。全くよ。テミス様は真面目が過ぎるのよ。変な所でね」

「サキュド……」


 どこか居たたまれぬ空気の中テミスが顔を伏せる一方で、フリーディアが水を向けた先では副官たちがコントを繰り広げていた。

 アイツ等……後で覚えていろ?


「それで……その……」


 その光景を眺めながら、気まずそうにカルヴァスが声を上げる。しかしその表情は苦いものでは無く、どこか納得したかのような微笑が添えられていた。


「……ともかく、諸君が私をどう見ているのかは十二分に解った。それは後々しっかりと話をするとして……カルヴァス。自らの発言の意味が解っているのなら続けろ」

「っ……ハッ! これまで我々は魔王軍に対し、数で勝る事によりその優位を確保してきました。つまり、数で劣る戦いは不慣れなのです。作戦を遂行するにあたって、この事を加味いただければと思います」

「なるほど……承知した」


 テミスの言葉にカルヴァスは一瞬口元を緩めるが、すぐに思いとどまったのかそれを隠して具申を続けた。……なるほど、ヒョードルの屋敷での戦いは、彼等にも何かしら得るものがあったらしい。


 テミスはニヤリと笑みを浮かべて頷くと、顔の前で手を組んで口元を隠した。


「それを加味した上で、我々は部隊の再編成を行う」

「再……編成……ですか?」


 テミスが発した言葉に、一同が同様に首を傾げた。我ながら荒唐無稽な発想だが、圧倒的な大質量を持つ敵には、相手の持たない弱点を突くしか勝ちの目はない。


「ああ。まだ確定情報ではないが、敵に付いている魔王軍(こちら側)の軍団の目星は付いた」

「っ……! やはり、君もか……」


 フリーディアが目を細め、ルギウスがため息を吐く前で、テミスは一瞬だけ目を瞑るとその名を告げる。


「第二軍団長ドロシーとその配下。肉の壁を使う戦術や動機から見ても、奴で間違いは無いだろう。だが……」


 テミスは次第に言葉尻を濁すと、一瞬虚空に目を彷徨わせた後で言葉を続けた。


「敵の冒険者将校……ライゼルはまだ前線に到着していないはずだ。何故かは知らんがな」

「根拠を……聞いても?」


 テミスがそう締めくくると、腕組みをしたフリーディアが静かに問いかける。彼女からしてみれば魔王軍の戦略は蚊帳の外。それを問いたくなるのも無理は無いだろう。


「フリーディア。仮にだが、私が君の部下を足止めとして捨て石にして、そこのサキュドの遠距離魔術で敵部隊を撃滅すると言ったら……呑むか?」

「呑む訳が無いわ」

「つまり、そう言う事だ」


 第二軍団が好むあの戦法を取るのならば、魔王軍のように自らに絶対の自信がある連中を使うか、ラズールでのマグヌス達のように、抗えぬものを強制的に使うしか方法は無いだろう。そして、連中のあの清々しいまでの敗走っぷりを見る限り、後者であるのは火を見るよりも明らかだ。


「つまり君は、ドロシーが前線指揮を執っている……と言いたいんだね?」

「ああ。先の戦いを鑑みても連中は水と油だ。互いに長所を生かす事をしないが故に、数の差で圧倒しているにも関わらずに敗走した」

「長所……要するにそれは、魔族と人間のって事よね」

「そうだ。奴等は見落としているのだよ。人間を家畜と……下等生物だと侮るが故に、人間にも感情があり、その想いで強くなると言う事をな」


 テミスは不敵に微笑むと、ゆっくりと立ち上がって背後の窓から中庭を見下ろした。そこでは、白翼騎士団と第五軍団。そして十三軍団の面々が、互いに警戒をしながら我々の裁定を待っていた。


「目下我々のすることは3つ。まずはドロシーの反逆をギルティア……魔王に伝え、援軍を要請する事だ」


 テミスは人差し指を立てると、部屋に詰めている面々を振り返って声高に宣言した。


「次に、部隊の再編。具体的には、白翼騎士団と十三軍団を解体し、一つの混成軍団を作り上げる」

「なっ――」


 執務室に居る面々の目が見開かれ、驚きに息を呑む音が部屋を満たした。しかし、テミスはそれれを歯牙にもかけず、更に指を立てて言葉を続ける。


「これが終われば、部隊の精錬を兼ねた防衛力増強と決戦準備……今できる事と言ったら、いかに怨恨を減らす事ができるか……だな」


 テミスが言葉をそう結ぶと、先ほどまでのものと種類の異なる沈黙と、珍生物でも眺めるような奇異の視線がテミスへと突き刺さったのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ