1438話 深謀なる道化
一方その頃。
ヴァイセとロノの戦いはより激しさを増し、両者一歩も譲らぬ激戦と化していた。
「火炎球ッ! 氷球ッ!! 雷槍ッ!!!」
練り上げた魔力と共にロノが杖を振るい叫ぶと、術式に応じて火球が、氷球が、雷槍が顕現し、ヴァイセへ向けて射出される。
しかし、放たれた術式が相対するヴァイセへと届く事は無く、彼が鋭く手刀を振るう度に魔法は切り裂かれて炸裂し、爆発音を周囲へと響かせていた。
「っ……!!! 何なのよもうッ!!! 人間の癖に!! 人間の癖に!! 人間の癖にィッッ!!!」
休むことなく魔法を撃ち続けて尚、いまだに健在なヴァイセに業を煮やしたのか、ロノは突如ヒステリックに叫びを上げると、がむしゃらに杖を振り回して魔法を乱射した。
しかし、目標すら定める事なく無秩序に放たれた魔法は、周囲の建物へと着弾する事すら無く炸裂して爆音を響かせる。
パラパラと撃ち落とされた顕現した物質の破片が降り注ぐ中、ヴァイセは空へと手刀を振り抜いた格好から姿勢を正しながら、溜息と共にロノを見据えて口を開く。
「やれやれ……君は周囲の迷惑というものを考えはしないのかい? 今の魔法だって、僕が撃ち落とさなければ建物に被害が出る所だった。中に澄んでいる人達だって危なかったかもしれないよ?」
「ッ……!! うるさい……。というか、あなたは何? 本当に人間? 何故そんなに簡単に魔法が使えるの?」
「……答える義務は無い……んだよねぇ……。ま、今すぐに杖を棄てて投降するって言うんなら、考えても良いけれど」
「冗談ッ!!! 熱線ッ!!!」
「おっと! 危ない危ない。いやぁ、今のは真っ直ぐ撃ってくれて助かったよ。僕ではアレを弾くのは少し苦労しそうだ」
敵陣深くで魔法を放ち続けるロノの攻撃をいなしながら、ヴァイセはのんびりとした調子で投降を呼びかける。
だが、微塵も緊迫感の含まれていない投降勧告に殺気立ったロノが応じるはずも無く、ヴァイセは答えとばかりに撃ち放たれた白熱する光線を難なく躱すと、ヒラヒラと手を振りながら言葉を重ねた。
「クッ……!!! ぐぅぅぅぅぅぅッ……!!!」
その言葉すら挑発だと受け取ったのか、ロノは悔し気に唇を噛み締めながら呻き声を漏らすと、再び杖を振るい更なる魔法がヴァイセへ向けて放たれる。
けれど、ヴァイセは自らを狙って真っ直ぐに飛来するロノの魔法には一瞥もくれる事無く腕を振るうと、まるで単純作業であるかのように撃ち落としてみせた。
そんなヴァイセの視線は、広く戦場全体へと向けられており、撃ち落とした魔法の残滓が空中から消え失せる頃には再び視線をロノへと戻し、今度は何かを思案するかのようにゆっくりと呟きを漏らした。
「ふむ……どうやらあっちは片が付いたらしい。足止めはもう少し……かな? 彼女が雰囲気に似合わず熱くなりやすい子で助かった。個人的には殺してしまっても良いと思うのだけれど、フリーディアさんに怒られるのは勘弁だからなぁ……」
ヴァイセは呟きと共に夜の空を仰ぐと、何処か気怠そうに片手で頭を掻きながら、続けて飛来する魔法を残った片腕で撃ち落とす。
嘘偽りなく言ってしまえば、ヴァイセが本気で仕留めにかかれば、ロノは容易く排除できるだろう。
しかし、ヴァイセの能力では魔法使いであるロノを無力化するには少しばかり威力過剰で。
当たりどころが悪ければ真っ二つになって即死か……仮に運が良く身体の末端に当たったとして、最低でも手足のどこか一本は失ってしまう事になる。
だからこそ、少々無理をしてでも、こうして全ての魔法を撃墜するに止めて様子を見ていたのだ。
無論。これはファントを護る為の戦いであることは理解しているし、招集された面子から見ても、テミスが敵をかなり警戒しているのは明らかだ。
それでも。
周囲への被害を考慮できる程の力量差があるからこそ、ヴァイセはロノがテミスが警戒する程の敵には思えず、手加減の利く者の手が空くのを待ち続けていた。
「ん~……でも、あんまりサボってると、今度はテミス様に怒られそうなんだよなぁ……。ってか、フリーディアさんがヤバかった時の事バレてないよな……? いや、ホントに危なかったら手を出すつもりだったし? 頼まれてもないのに横から手を出したら、後からうるさそうだなんて思ってないし……?」
「こんのぉッ……!!!」
「ほいほいっ……と」
などと、ヴァイセは戦闘とは全く別の事を考えながら、ブツブツと思い付いた言い訳を口走りつつ、ただひたすらロノが放ってくる魔法を撃ち落し続けたのだった。




