1435話 血塗れの誉れ
「ォオッ……!!!」
強い気迫の籠ったヴァルナの声と共に剣戟が迸る。
その速度は、先程フリーディアと切り結んでいた時とは比べ物にならない程に早く、一瞬の間に二重……否、三重に斬撃が重なって見えるほどだった。
だが、そんな超スピードの代償はすさまじく、肉体の限界を超えた強化魔法が施されたヴァルナの身体は、その負荷によって肌の上から見えるほど血管が浮き上がっている。
無論。術者であるヴァルナ本人には、相応の苦痛が伴っているのだろうが、不退転が如き気迫を待とう彼女は、そんな様子を微塵すらも感じさせなかった。
「……見事な迅さだ。だが」
目にも留まらぬ俊速の剣を前に、テミスは悠然と賛辞を贈ると、ゆらりと持ち上げた大剣を力任せに振り下ろす。
瞬間。
三つの鈍い金属音が鳴り響くと同時に、攻めていたはずのヴァルナが大きく退き、肩で息をしながら鋭くテミスを睨み付けた。
「それでは足りんよ。まだ肉体が壊れる寸前を保っているだろう? 速度はまぁそこそこだが、力が圧倒的に足りていない。その程度では……そら」
「っ……!!!!」
ガッ……ギィィィンッ……!!! と。
ヴァルナを見据えて言葉を続けたテミスの姿が突如として掻き消えた直後、ヴァルナの背後に姿を現して剣を交える。
だが、テミスは鍔迫り合いもそこそこに再び姿を消すと、不敵な笑みを浮かべて元の場所へと姿を現した。
「こうして剣を二度打ち合わせれば解るだろう? 今のままでは圧し負けると。次はこちらも仕留める気で行く……せいぜい堪えてみせろ……サキュドッ!!」
「ハッ!」
そして、テミスはまるでつい先ほど切り結んだ剣戟が無かったかのようにそう告げた後、鋭い声で傍らに控える副官の名を呼んだ。
すると、それまではただ、紅の槍を構えたまま宙に浮かんでいただけであったサキュドから、ピリピリと肌で感じる事ができるほどの魔力が放たれはじる。
それは紛れもなく、次の攻撃はテミスだけではなくサキュドも加わる事を物語っていて。
相対するヴァルナの頬を流れる脂汗に混じって、一筋の冷や汗が滴り落ちた。
「っ……シェナ……ごめんッ……!!! ……グゥゥッ……ぁぁぁぁぁああああああああああッッ!!!」
ほんの一瞬。
相対するテミス達ですら気付かぬ程の僅かな時間、ヴァルナは闇空を見上げて呟きを零すと、構えた剣の腹に指を走らせて咆哮を上げた。
同時に、ビキビキと体の表面にまで浮き出ていた血管がところどころで弾け飛び、ヴァルナの身体が一瞬にして血に染まった。
「私が先陣を切る。お前が仕留めろ」
「お任せをッ!」
だが、修羅の如き姿と化したヴァルナを前にしても、テミスが眉一つ動かす事は無く、傍らのサキュドに言葉を残して、前へと踏み込んでいく。
それに続いて、真正面から斬り込んだテミスの背に隠れるようにサキュドが前に出ると同時に、吹き出た血の飛沫をまき散らしながら、ヴァルナが猛然と剣を振るう。
「ククッ……!! 甘い……!!」
しかし、テミスはヴァルナの斬撃に対して、大剣を盾の如く構えると、自らもその影へと身を隠して、ヴァルナの放つ暴風の如き斬撃を防ぎ切った。
通常の打ち合いであれば、ヴァルナの猛攻を前にこんな形で反撃の手段をみすみす放棄するような受け方をすれば、一方的に攻め立てられるだけとなる。
当然。それはヴァルナも承知のうえで。
ヴァルナは大剣で攻撃を受け続けるテミスをこのまま圧し切るべく、息も吐かせぬ程の連撃を浴びせ始めた。
だが……。
「そこ」
「――っ!!!!」
神速の猛攻の中に生じたほんの僅かな隙間。
連撃と連撃の合間に生じた隙に刺しいれるかのように、ヴァルナの眼前に紅槍が突き出される。
それは、ひたすら剣を打ち込み続けるヴァルナの額へと吸い込まれるように向かって行き、彼女の頭を貫いたかのように思われた。
「――ァァァァアアアアアアアアアアッ!!!!!」
「なにッ……!!? クッ……!!!」
刹那。
ヴァルナは突き出された槍の穂先を掠めるようにして横合いへと跳ぶと、獣のような咆哮を上げて守りの無い側面から、穿ち抜くように刺突を繰り出した。
その雷光の如き素早い動きは、テミスとて息を呑むほどで。
前面への防御へと集中していたテミスや、反攻の隙を伺っていたサキュドが反応できるはずも無く、無防備な体勢のテミスへと突き込まれた。
「ぐあっ……!?」
テミスの声と共に甲高い金属音が鳴り響いたかと思うと同時に、銀色の輝きを放つ一本の棒が宙を舞う。
それは、刀身の中ほどで折れ跳んだヴァルナの剣で。
折れた剣先がクルクルと回転しながら宙を舞い、鈍い音と共に踏み固められた地面へと落ちると同時に、ヴァルナの刺突を受けたテミスがどさりと尻もちをつく。
しかし、ヴァルナの攻撃は確かにテミスに届きはしたものの、その刃は頑強なブラックアダマンタイトの甲冑によって阻まれ、鎧に傷一つ残す事は無かった。
「……!! …………」
「……見事だ。お前の勝ちだよ。せいぜい誇れ」
それでも尚、半ばで折れた剣を握り締めたまま剣を突き出し続けるヴァルナに、テミスは無造作に立ち上がりながら吐き捨てるように告げると、大剣を振り上げてその身を逆袈裟に斬り払ったのだった。




