1433話 羨望の対価
――勘違いしていた。
遠くから響く剣戟の音を聞きながら、テミスや揺れる意識の底で呻くように呟きを漏らす。
奴等……まるで全員が等しく仲の良い仲間のように振舞うものだから、そのどこか冒険者然とした雰囲気に疑う事をしなかった。
否。疑いたくなかったのだろう。
もしも、私がテミスではなく、リヴィアとしての道を歩んで居たのならば……。彼等のような……彼女たちのような、自由で気の置けない仲間達と、あんな風に過ごしていたのかもしれない。
そんな、一種の憧れのような感情が確かにあった。だからこそ、こうも容易く騙されていたのだ。
連中は相互に絆を紡ぎ、友情を育み合った仲間達ではない。ただクルヤを中心に集まった相互利用の関係が、たまたま仲間であるかのような形を模っているだけ。
だからこそ、先程みたいに敵を斃すことの出来る好機とあれば、迷う事無く味方をも巻き添えにした一撃を放ってくる。
「ぅ……」
「テミス様ッ!! しっかりなさってください!! テミス様ッ!!!」
「サキュド……か……。大丈夫だ……」
テミスは傍らで自らの名を呼び続けるサキュドに声を返すと、先程のダメージで軋む身体を無理矢理動かして己が身を支える。
全身が酷く痛みはするが、骨折や裂傷はなさそうだ。これならば、身体に刻み込まれた衝撃が抜け切るまで少し堪えれば、また戦えるようになるだろう。
「どうかご無理をなさらず……。申し訳ありません。アタシが余計な真似をしたばかりに……」
「いや……それは違うぞサキュド。よくやってくれた。あの刹那……お前の一撃が無ければ、私は確実にイメルダの剣と共に魔法の直撃を喰らっていた……。まず間違いなくこの程度では済まなかったはずだ。有難う」
「テミス様……ッ!! 身に余るお言葉……ですが、なればこそしっかりなさってくださいませ! あちらの剣士であれば兎も角、いつものテミス様であれば、あの騎士風情程度てこずる相手ではないでしょう?」
「…………。フッ……耳が痛いな。あぁ……確かにそうだ……。一度は共に肩を並べた身だからと、気負っていたのやもしれん」
心からの反省を感じさせる謝罪に、テミスがゆっくりと首を振って答えを返すと、サキュドは深々と首を垂れた後、ギラリと鋭い眼光を灯らせて叱責を口にした。
その叱責は、いつもテミスの背を見ているからこその信頼の証で。
間近から真っ直ぐに目を覗き込んでくるサキュドに、テミスは少し驚いたかのように目を見開いた後、クスリと笑みを浮かべて己が失態を認めた。
私もいつの間にか、あのお人好しに毒されていたのかもしれない。
真正面から戦って打ち破り下せば、ともすれば命までも奪わずとも済むのではないか。
特に彼女たちの場合、今の所狙ってきたのは私の命一つだけ。その為に、取り返しの付かない悪事を働いた訳ではない。
それも手伝って、そんな能天気な考えに浸食されてしまったのだろう。
あの女神モドキが寄越した尖兵だ。そんな可能性などあるはずが無いのに。
「ッ……!!」
現実を認識すると共に、テミスは自らの心の奥底がスゥ……と冷えていくのを感じながら、全身に力を込めて立ち上がった。
まだ微かに全身の怠さは感じるが動けない程ではない。
だが、私でこれならばあちらは……。
二度、三度と手を開閉して身体の調子を確かめたテミスは、ふと自らと共に爆発を喰らったイメルダの事を思い出して戦場に視線を彷徨わせた。
すると、すぐに探し人は見つかり、テミスから少し離れた道の傍らで、地面の上に伸びている彼女に、クルヤが必死の形相で呼びかけている。
「イメルダッ!! 目を覚ませッ!! イメルダッ!!!」
「……テミス様、如何なされますか?」
テミスがイメルダの方へと意識を向けた事に気が付いたのか、即座にサキュドがテミスの傍らへと進み出て、低い声で伺いを立てた。
この問いはつまり、倒れたイメルダに止めを刺すか否かの確認だろう。
確かに今ならば、たとえクルヤが立ちはだかろうとも、私とサキュドの二人がかり。いまだに意識が戻っていない様子のイメルダに止めを刺すのは容易そうだ。
「くぅッ……あぅッ……!!!」
だが。
戦況を確認すべく、テミスがちょうどイメルダ達とは逆方向で切り結んでいるフリーディア達へと視線を向けた時だった。
激しく剣を打ち付けたかのようなひと際甲高い音が鳴り響き、苦し気なフリーディアの悲鳴が聞こえてくる。
見れば、相対するヴァルナの剣を防ぎ切れていないのか、フリーディアはいくつもの細かい傷をその身に刻みながら、苦戦を強いられていた。
「……あちらはしばらくは動けまい。あの剣技……フリーディア一人では厳しそうだ。ヴァイセの奴もあの忌々しい魔法使いの相手で手一杯のようだしな。この隙に、一気にヴァルナを叩き潰すぞ」
「御意に」
そんなフリーディアの戦いを眺めながら、テミスはふとヴァルナの戦いを見たシズクの言葉を思い出すと、激しさを増す戦いへと加勢すべくゆっくりと足を踏み出した。
その隣で、サキュドはテミスの指示にぺこりと頭を下げた後、紅槍を手に音も無く宙へと浮かび上がったのだった。




