1431話 剛剣の調べ
糸を張り詰めたかのような緊張感が漂う中。
先に動いたのはクルヤのパーティーで盾役を務める騎士、イメルダだった。
イメルダは身体の前面に大楯を掲げると、気合の籠った吐息と共に一直線にテミス一行へと肉薄する。
「――ッ! テミス様ッ!!」
「良い。奴は私がやる」
瞬間。テミスの傍らで槍を構えていたサキュドが小さく息を呑むと、突撃してくるイメルダを迎撃すべく前方へと身を躍らせた。
だが、テミスは短い言葉と共にその脇をすり抜けるようにして更に前へと前進すると、肩に担いでいた大剣を高々と振りかぶる。
そして。ガッ……ゴォォォォォォンッ……。と。
垂直に振り下ろされた漆黒の大剣と、イメルダの掲げた大楯が激突し、さながら大きな鐘を衝いたかのような轟音が深夜の空気をビリビリと震わせる。
「クッ……!!」
「ッ……!!!」
激しく打ち合わされた大剣と大盾は派手に火花を散らしながら弾き合い、テミスとイメルダは互いに体勢を崩すと共に前へと進む足を止めた。
しかし、テミスは即座に体勢を立て直すと、今度は真一文字に眼前を薙ぎ払うべく、身体全体を捻って大剣を構えながら、苦悶の声を漏らすイメルダを鋭く睨み付ける。
大剣を握り締めた両手に走るのは、打ち合った衝撃が完全に消え去った今も尚、ビリビリと僅かな痺れが残っている。
その痺れは、テミスが全力を以て打ち下ろした一撃を、イメルダが真っ向から受け切ったという確かな証拠で。
テミスは眼前の女騎士が、全力を振るうに値する強者であると認識を改めると、ニヤリと鋭く口角を吊り上げて笑みを浮かべた。
「ラァ……ッ……!!!」
「ウゥッ!!?」
直後。
テミスは構えていた大剣に全霊の力を込め、眼前の空間すらも両断する程の勢いで薙ぎ払う。
その傲然と薙がれた剣の間合いには、体勢を立て直したばかりのイメルダが捉えられていて。
自らに迫り来る剛剣を前に、イメルダは咄嗟に回避は不可能だと判断すると、身体ごと捻るようにして前へと突き出していた大盾を斬撃に合わせると、ちょうど胸元辺りの高さを両断せんと振るわれた一撃を受け止めてみせる。
だが。
轟音と共に辛うじて斬撃は大盾で受け止めたものの、剣に込められていた凄まじい力を堪え切る事はできず、刹那の拮抗を経てイメルダの大盾はミシミシと嫌な音を立て始めた。
――このままでは受け止め切れないッ!
イメルダは半ば直感的にそう判断すると、頭で考えるよりも先に身体が反応し、斬撃を真正面から受け止めるべく構えていた大盾を、身を僅かに屈めて引いてみせる。
すると、真横に振るわれた斬撃に対して傾きが生まれた大盾はジャンプ台のような役割を果たし、猛然と振るわれたテミスの一撃の威力が上方へと逸れた。
「――ッ!!! チィッ……!!!」
「ぐッ……ぅ……!!」
ジャリィィィンッッッ!!! と。
イメルダの大盾によって斬撃の方向を反らされたテミスの大剣は、眩いばかりの火花を散らしながらイメルダの大盾の上を滑り、空気を裂く強烈な音を奏でながら宙を薙いだ。
しかし、テミスの放った途方もない威力の斬撃を完全に受け流す事ができる訳も無く、完全な防御の姿勢を以て受けたイメルダもただでは済まず、ビリビリと盾を震わす余波に身体を硬直させていた。
「…………」
「…………」
大剣を振り抜き、無防備な脇腹を晒したテミスと、凄まじい斬撃の余波をその身に受けて動けないイメルダ。
激しい攻防の隙間に訪れた僅かな凪の時間の中。二人は固く口を閉ざしたまま確かに視線を絡め合うと、そのまま互いの隙を突き穿つべく身体に力を込めた。
「ここだッ……!!」
ギラリと瞳を輝かせたイメルダは力強く叫ぶと、大剣を振り抜いた体勢のままのテミスに先んじて攻勢に出た。
己が身を覆い隠す程の大盾の影で構えた剣が、眼前で無防備に晒されたテミスの脇腹を狙って鋭く突き出される。
対するテミスは、未だ右肩上がりに振り抜いた大剣を掲げたままの格好で。
間延びした時間の中。強固なる守りの門が開くように、大盾が僅かに傾いて閃いた切っ先が走った。
けれど。
「カァッッ……!!!!」
テミスとて、己が命へと向けて放たれた白刃をただ黙ったまま受け入れる筈がなかった。
裂帛の気合を迸らせながら、テミスは大剣にその人の域を超えた剛力を籠めると、逸らされた剣勢を強引に捻じ曲げ、斬撃の威力を殺さぬまま次の太刀へと変える。
横薙ぎから捩じ上がった斬撃の軌跡が螺旋を描き、今度は真上からの縦斬りとなってイメルダの身体を両断すべく降り注いだ。
両者が共に必殺の一撃を携え、互いの剣が柔肌を食い破らんとした時だった。
「させ……ないッ……!!!」
テミスの眼前。
即ちイメルダの背後から叫び声が上がると同時に、轟ッ……!! と燃え盛る炎が辺りへと迸ったのだった。




