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131話 昨日の敵は今日の友

「白翼騎士団団長。フリーディアよ」

「魔王軍第十三独立遊撃軍団軍団長。テミスだ」

「…………」


 二人が名乗りを上げた後、重苦しい沈黙が執務室を支配した。

 私の傍らに立つサキュドとマグヌスは、フリーディアに側えているミュルクとカルヴァスと火花を散らしているし、ルギウスに至っては私の席に腰を落ち着けたまま黙して語らなかった。


「テミス様。まずはご説明を戴きたいのですが」

「はぁ……お前達の気持ちは分からんでもないが、名乗りぐらい上げたらどうなんだ?」

「ご遠慮を」


 取り付く島もないとはまさにこの事だ。黙して座るルギウスの隣に立っているシャーロットが、いつになく硬い声ですべてを取り仕切っていた。


「あ~……すまんな、フリーディア。こちらにも事情がある。非礼は私が詫びよう」

「構わないわ。貴女の部隊はともかく、魔王軍が礼節を欠いた部隊だって事がわかったもの」

「っ――!!」


 フリーディアがそう皮肉を口にした瞬間。シャーロットの眉がピクリと吊り上がり、二人が真正面から睨み合う。

 勘弁してくれ。と。テミスは心の中で自らの立ち位置を嘆いた。白翼騎士団が襲撃兵を迎撃した時点で、フリーディアが味方なのは明白だろうに……。


「済まないが君の真意が解るまで、僕の所属と名は伏せさせてもらうよ」


 二人の間でしばらくの間火花が散った後。見かねたのか、ルギウスが静かに声を上げた。


「非礼の詫びと言っては何だが、こちらの疑念を嘘偽りなくお話しすることを約束しよう」

「……その言葉を、信じろと?」

「いや……どう受け取るかは君たちの自由だ。それによって僕たちの動きは変わらない」


 鋭く目を細めたフリーディアにルギウスはそう返すと、柔らかな笑みを浮かべたまま言葉を続けた。


「君がこちらに付く理由を知りたい。魔王軍に敵対する白翼騎士団としては、連中に付くのが道理だと思うがね」

「……そうでしょうね。そう映るのは仕方の無い事だと思うわ」


 フリーディアは毅然と言い放つと、背筋を伸ばしてルギウスを見据えた。そして、不意に腰の剣帯から鞘ごと剣を抜き取ると、傍らのミュルクに押し付けて一歩前に出た。


「私達は魔王軍に付く訳では無い。テミスに付くだけよ」

「っ!」


 ルギウスの前に立ち、彼を見下ろしながら言い放つと、一瞬だけその傍らで身構えるシャーロットに視線を走らせて続けた。


「白翼騎士団はそこのテミスの正義に救われた。ならば騎士として、恩を返すだけ。今回は偶然、私達の正義があなた達の利益と合致しただけよ」

「ならば問おう。君達の正義とは?」

「人々の平和を護る事よ」


 微笑を浮かべながら問いかけたルギウスに、フリーディアは即答する。その迷いのない瞳は、傍らで眺めるテミスから見てもどこか美しかった。


「フフ……やはり彼女は人を惹き付けるらしい。良いよ。そういう理由なら、君を信じても良さそうだ」


 フリーディアにそう微笑みかけると、ルギウスはチラリとテミスを見つめた後、椅子から立ち上がって口を開いた。


「魔王軍第五軍団軍団長。ルギウス・アドル・シグフェルだ。こっちは副官のシャーロット。詳しい話をする前に、一つだけ確認をしても良いかな?」


 さわやかな笑みと共に名乗りを上げ、ルギウスはテミスへと水を向けた。


「いま彼女は、『今回は』と言った。つまり、白翼騎士団が魔王軍……いや、十三軍団と恒久的に友軍関係になったのではなく、この共闘は今回のファント侵略に限っての事だね?」

「ああ……だろうな。再三誘いはかけているのだが、ことごとくつれない返事ばかりさ」


 テミスもまた彼等に近付きながらそう答えると、やれやれと言わんばかりに首を横に振った。正直、今回の戦いだけでも彼女がこんな事を言い出すなんて意外なのだ。それ以上を求めるのは贅沢と言うものだろう。


「ではこれは、第五軍団軍団長として要請したい事なのだが、この戦いの総指揮はテミス……君一人に執ってもらいたい。理由はわかるね?」

「ああ。元よりそのつもりだ。フリーディア。構わないな?」

「異論は無いわ」


 テミスはルギウスの要請に頷くと、一応フリーディアへと確認を取った。

 本来ならば、指揮は我々三人で取るべきなのだろう。しかし、フリーディアはこの戦いが終わったら敵に戻るのだ。故に、ルギウスは純粋な魔王軍の軍団長として詳細情報が白翼騎士団に渡る事を避けたいだろうし、フリーディアもまた同じなのだろう。


「……集ってくれた手前、こういう事を言うのもはばかられるのだが」


 それを全て承知した上で、テミスは二人とその副官たちの顔を順番に見据えながら口を開いた。


「共闘する以上、互いにある程度の事は知れるだろう。部隊の得意戦術なり、弱点なりだ。それは私が指揮を執ったとしても大して変わらない」

「解っているさ。それを承知した上での事だ」

「ええ。それに、私達は常に成長している。知られた所で問題は無いわ」


 そう告げると、二人の将はまるで何でもない事であるかのように頷いて微笑みを浮かべる。


「……ありがとう。ならば、厚顔無恥を承知で両軍に要請したい。ここで知り得た情報を外へ漏らさぬ事を。敵同士が手を取り合った奇妙な共闘の思い出として、胸の内に秘すると誓っていただきたい」

「っ――! テミス様! あなたは何処まで――」

「誓うわ」

「なっ……!?」


 テミスの願いにシャーロットが苦言を呈した瞬間。その言葉を遮ったフリーディアが力強く答える。


「我が騎士道と、ローエンシュタエンの名の元に誓うわ……このフリーディア・フォン・ローエンシュタエン。決してあなた達の事は語らないと……リック。カルヴァス」


 フリーディアは胸の前に手を当て、祈るように誓いを立てると即座に、後ろに控える二人の名を呼んだ。


「ハッ……! リット・ミュルク。我が騎士道とフリーディア様に、この共闘を口外せぬことを誓います」

「ハッ……! カルヴァス・フォン・キルギス。我が騎士道と家名に懸けて、此度の共闘を胸に留めることを誓います」


 フリーディアの言葉を受けて二人は同時に抜剣し、剣を捧げた格好を取ると、口々に誓いの口上を上げる。その光景を、一同は呆気にとられた顔で眺めていた。


「フリーディア……」


 そんな中。テミスだけは唯一。雷に打たれたような衝撃を受けていた。

 彼女は先ほどの名乗りの中でも、自らの家名を告げていなかった。それはつまり、自らが王女である事をこの場で明かせば、後々に不利になる事がわかっていたからだろう。だがその懸念を廃してまで、彼女はここで誓いを立てた。その事実に、テミスは、自らの心に形容しがたい熱い思いが溢れて来るのを感じていた。


「ふぅ……やれやれ。一本取られたと言うかなんと言うか……目の前でここまでの事をされては、僕も覚悟を決めなければならないね。テミス。手を借りるよ」

「……?」


 ルギウスがため息と共にテミスへ歩み寄ると、おもむろに右手を取って呪文を唱え始めた。


「言霊は楔となりて魂を縛り、誓いを破りし者に鉄槌を下さん……我は誓おう。この戦いで知り得た白翼騎士団の情報を、この命尽きるまで他言しない事をッ!」

「っ――!? ルギウス様。私も共に」


 ルギウスの詠唱と共に、テミスの手首に浮き出た魔法陣から黒い鎖が伸び、ルギウスの体を縛った。同時に、驚きに目を見開いたシャーロットがその中に飛び込むと、新たに伸びた鎖が彼女の体を絡め捕った。


「おいお前達突然何をして……んっ?」


 視界を覆い尽くしてゆく黒い鎖にテミスが声を上げた時。まるで映画のフィルムが飛んだかのようにルギウス達を覆い尽くしていた鎖が消え失せた。鎖が消えたあとには、テミスの手を取って膝まづくルギウス達の姿があった。


「これは呪い……僕たちの間では、契約呪と呼ばれるものさ。騎士の誓いとその覚悟には、これくらいに明確な意図で応えなくてはね」


 ルギウスは立ち上がりながらそう答えると、驚きの顔で彼等を見つめるフリーディア達に微笑みかけた。


「これで、この戦いで僕たちは完全に味方同士だ。向後の憂いも策略も無く、全力で共に肩を並べよう」

「え……えぇ。そうね」


 フリーディアは頷くと、テミスの前でルギウスに差し出された手を握って握手を交わす。


「…………」


 あれ? なんだか知らない間に、とんでもない物を背負わされていないか?

 そんな二人の姿を眺めながら、テミスは半眼で首を傾げたのだった。

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