1426話 死者の言葉
アレックスと思われれる冒険者から朗らかに返された言葉に、剣へと添えられたテミスの指がピクリと動く。
一見すれば、何の変哲もない顔見知り同士の会話。それも、一度とはいえ窮地を救い、救われた仲であるのならば、こうして気兼ねなく言葉を交わすのは当然の交流と言えるだろう。
だが……。ことテミスとアレックスの間において、それは少しばかり事情が異なるのだ。
確かに、テミスはアレックスたちの窮地を救うべく駆け付けはした。だが、テミスが戦闘を終えた頃には既にアレックスという名の冒険者に息は無く、言葉を交わす事はおろか対面した事さえ無い筈。
――だというのに。
眼前のこの男は、一度も名乗ったことなど無い筈なのに、まるで知己であるかの如くテミスの名を呼んだのだ。
「っ……。お前は……冒険者、アレックスで間違い無い……のか……?」
「ん……? あぁ……そうか。こちらの貴女とは初めましてになるのか。はい、確かに。俺がアレックスで間違いありません。その節は、仲間達を助けていただいて本当にありがとうございます」
「…………」
「……!」
色濃く警戒の色をにじませながら投げかけられたテミスの問いに、アレックスは小さく首を傾げた後、何処か納得するかのように頷くと、再び人の好い笑顔を浮かべてテミスへ向けて礼を述べ、深々と頭を下げた。
そんなアレックスの傍らでは、クラートが苦虫を噛み潰したかのような渋い顔でアレックスへと視線を向けていたものの、特に口を挟むことなくただ様子を見守っている。
眼前には死んだはずの男。確かに不気味ではあるが、敵愾心は感じない。否……寧ろ、どちらかというと友好的なようにも思えるが……。
「ハハ……。警戒されるお気持ちは理解できます。なにせ……死んだはずの男がこうして喋っているのですから。……テミスさんには、仲間達を救って貰った恩義があります。冒険者として、頂いた恩義には報いたい……ですから、お話しできる事はお教えしたいと考えています。ですが……僕が恩義に報いなくてはならないのは貴女だけではない。どうかそこはご理解いただきたい」
「…………。フッ……勿論。こちらとしては、話を聞く事ができるだけでも僥倖だ」
未だ警戒を解き切らないテミスに、アレックスは肩を竦めて薄い笑みを浮かべると、自らの胸に手を当てながら自嘲気味に嘯いてみせる。その後、表情を一転させて真面目な面持ちを作ると、真っ直ぐにテミスを見据えて口を開いた。
そんなアレックスに、テミスはひとまずの危険は無いと判断して身体に込めていた力を抜くと、密かに腰の剣の鞘へと番えていた手を離して路地の壁へと背を預ける。
「それで……? いったい何処から教えてくれるんだ? ……お互い、後に予定も控えていそうだ。手短に行きたい所だが……」
「えぇ、俺もこれから、イールとウンガールのお見舞いに行かないといけませんから。ではまず、単刀直入に……俺は確かに一度死にました。その後、とある方のお陰で生き返ったんです」
「っ……!! 俄かには信じがたい……いや、信じたくない話だな。まぁ、訊いても無駄だとは思うが一応質問だ。そのとある方って言うのは何処のどいつだ?」
「……すみません。ですが言えない代わりに一つ。あの方の元には何故か、もう一人の貴女も、そしてそちらのフリーディアさんも居ました。とても可愛らしい方々でしたよ?」
「っ……!」
テミスの問いに合わせて、アレックスは自らの宣言の通り、真っ向から斬り込むかの如く説明を始めた。
同時に、少し距離を置いてアレックスたちを挟み込んでいたフリーディアが合流すると、アレックスはまるで談笑の輪に迎え入れるかのように自然な所作でフリーディアへと水を向ける。
「ハッ……知っているさ。ちょうど昨夜、ご本人に殺されかけた所だ」
「ッ……!!! そう……でしたか……。やはり……」
「……できれば、全面的にご協力願いたいのだがな。我々にはこの町の平穏を護る義務がある。蘇ったとはいえ、装備の損耗や日々の出費は手痛かろう。相応の礼は用意できるが?」
「っ……。申し訳ありません」
「…………。そうか」
重ねて問うたテミスの言葉に、アレックスは酷く気まずげに視線を外すと、暗い声でボソボソと答えを返した。
恐らくは、これ以上問答を重ねた所でアレックスが彼を蘇らせ、自分とフリーディアの偽物を差し向けた『あの方』とやらについての事を喋る事は無いだろう。
ならばここは話を変え、あと一つでも二つでも情報を引き出したいところだが……。
「…………」
「っ……! なら、彼等の目的は何なの? 私達に襲われるような謂れは無いと思うのだけれど……」
そう考えたテミスが、素早く視線をフリーディアへと送ると、その意を察したフリーディアは小さく頷き、話を引き継ぐように口を開いた。
一人に二つの質問を答えるよりも、二人からの質問に一つづつ答えた方が、数を重ねたという感覚が薄い。これならば、幾ばくかは口も回りやすくなるはずだ。
ほとんど完璧に近いタイミングで、テミスはフリーディアと質問役を交代すると、自分はアレックスの言葉に耳を傾けながら、周囲へと気を配った。
ここが人気のない路地といえど、他に耳目が無いとは限らないし、こうも大っぴらに嗅ぎまわっていては、敵が応戦してくる可能性も十二分に考慮できた。
だが……。
「俺も詳しい事はわかりません。ですが俺には、恨みや憎しみとは別の何かで動いているように見えました」
「別の……何か……」
「すみませんが、これ以上俺からお話しできる事はありません。大したお役に立てず申し訳ありません。それでは……」
「あっ……! っ……テミス……」
「…………」
アレックスは重たい口調のままフリーディアの問いに答えると、テミス達が更に質問を重ねる前に、これ以上の問答を拒絶するかのように話を切り上げ、ペコリと頭を下げて歩き始める。
そんなアレックスの背を呼び止める事もできず、フリーディアは助けを求めてテミスへと視線を向けるが、テミスは黙ったままその背を見つめているだけで、何も言葉を発する事は無かった。
しかし。
「……商街区の外れにある孤児院。俺は連中が何考えてるかなんざ知らねぇが、ガキを盾にしてンのは気に食わねぇ。……独り言だがな。そんだけだ」
それまで言葉を発する事無く黙っていたクラートが、ゆっくりとした足取りで立ち去っていくアレックスを追って数歩進んだところで足を止めると、荒々しい口調ながらも酷く芝居がかった口調でそう言葉を残して去って行ったのだった。




