1425話 手がかりを追って
時に街路に身を隠し、時に行き交う人の波の中に姿を紛らせ、テミスとフリーディアはアレックスと思われる冒険者の後を追跡していた。
あれから大きく変わった点といえば一つ。
イルンジュの病院へ向かっていると思われるアレックスと思われる冒険者は、途中で彼のパーティの一員である斥候の男と合流し、穏やかな笑顔を浮かべて言葉を交わしながら肩を並べている。
「奴は……確か、クラートといったか……」
「えぇ。一番最初に、私たちの所へ助けを求めに来た人ね」
「…………」
人通りの多い道を進む二人を凝視しながらテミスが低く呟きを漏らすと、傍らのフリーディアが微かに震える声でテミスの呟きに答えを返した。
それもその筈。
これで、あのアレックスと思われる冒険者が、ただ姿形が似ているだけの他人だというセンは無くなってしまった。
現状で最も可能性が高いのは親類縁者。兄か弟か、もしくは父か……彼に近しい血縁者であれば、生前に所属していたパーティの連中と面識があり、かつ容姿が本人と見紛う程に似通っていても不思議ではない。
きっとその筈だ。そうであって欲しい。……で、なければ。
テミスは一人、胸中で半ば祈るような気持ちと共に現状をまとめると、嫌々ながらももう一つの可能性へと思考を向ける。
「……どう思う? フリーディア。私は帰りたい。今すぐに。全てを忘れて酒を飲みたい気分だ」
しかし、テミスは考え始めた途端にゾクゾクと肌が粟立ち始めるのを感じると、うんざりとした口調で隣のフリーディアへと問いかけた。
決して酔っ払うことの出来ないこの身体ではあるが、何故だか今なら、浴びるほどに……否、漬かる程に酒を飲めば、酔っ払う事ができる気がする。
「私だって……怖いわよ。許されるのなら逃げ出してしまいたいわ。けれど……見て」
「っ……! ぬぅ……正念場……というヤツか……」
ちょうど、テミスの問いにフリーディアが口ごもりながら答えを返した時だった。
二人の視線の先を歩く二人が街路を曲がり、人気の少ない路地の方向へと歩み入っていく。
この道は、イルンジュのここから病院へと向かうならば近道ではあったが道幅が狭く、賑わっている店も少ない為好んで通る者は少ない。
だが。それはつまり、テミス達の待ち続けていた条件が整ってしまったという事で。
テミスとフリーディアは視線を合わせて小さく頷き合ってから、アレックスと思われる冒険者とクラートが、完全に路地の奥へと歩み居るのを待ってから後を追った。
「さて……鬼が出るか蛇が出るか……」
死んだはずの人間が動いているのだ。どの道ロクな事にはならないだろう。
テミスはそんな諦観と共に呟きを漏らすと、静かに腰に提げている一振りの剣の柄へと手を添えた。
襲われて死にかけた翌日だ。本来ならば、いつものブラックアダマンタイトの大剣を携行するべきなのだろう。
だが、あの大剣は普段から持って歩き回るには大き過ぎるし、能力を用いて形を変えるにしても、マグヌス達やフリーディアの手前大っぴらに変形させる事もできない。
故に、詰め所に保有している武器の中から、適当なひと振りを選んで持ってきたのだ。
「……出番が無い事を祈りたいね」
テミスはクスリと口角を吊り上げてそう嘯くと、駆け足で路地の奥へと足を向けた。
幸いにも、アレックスと思われる冒険者たちは、この路地に入ってからも歩く速度を早めてはいなかったらしく、すぐに彼等と思しき背中を見付ける事ができた。
「っ……」
「っ……!」
その背を目視した瞬間。テミスが傍らを駆けるフリーディアへと視線を送ると、フリーディアは小さく頷いて細い路地の端へと大きく迂回して標的の前へと回り込んでいく。
これはあくまでも保険。声を掛けた途端に逃げの一手を討たれた際、万に一つにも獲り逃す事が無いようにする為の事前の策だ。
「よし……。すぅ……はぁ……っ……! おいッ! そこの二人。少し……話を聞かせて貰えるか?」
そして、テミスはフリーディアが配置に着いたことを確かめると、大きく深呼吸をしてから、二人の背へ向けて鋭い声を投げかけた。
無論。右手は剣の柄に番えてこそいないものの、左手はしっかりと剣の鞘を掴み、くの字に曲げられた親指はいつでも剣の鍔を弾いて鯉口が切れるように力が込められている。
「っ……!!」
問題はここから。
この二人の出方次第では、即座に斬り合いへともつれ込む可能性もある……ッ!!!
テミスはキリキリと緊張で胃が痛むのを感じて歯を食いしばると、自らの声に足を止めた二人の返事を待った。
だが……。
「はい……? って……あぁ……。誰かと思ったらテミスさんたちじゃないですか。びっくりしたなぁもう……」
「…………。ケッ……薄情者共が、今更俺達に何の用だよ?」
テミス達の緊張とは裏腹に、アレックスと思われる冒険者はとてもにこやかな笑みを浮かべ、その隣でクラートは不機嫌そうに悪態を吐きながら、呼びかけたテミスの声に応じたのだった。




