1422話 懐かしさと共に
敵の正体が掴めない。
話し合いの末、偽物への対策をまとめたテミス達が至った結論は、酷く単純なものだった。
まず第一に、確定している情報が少なすぎる。
見聞きした情報の端々から推測することの出来るものは多々あれど、実際に間違いが無いと裏が取れている事実はただ一つ。敵がこちらの技や姿を模してくるという事だけだった。
加えてそれも、偽のテミスという情報が加わったお陰で、剣術のような研鑽を由来とする技量は写し取れるが、魔力や能力を由来とする力は写し取る事ができないのか。それとも、偽物のテミスが戦闘に及ばなかったのは戦えないからではなく、臆病さが故に戦わなかっただけなのかという、新たな謎も生まれてしまった。
だからこそ、テミスは情報収集を第一目標に掲げ、この町に隠れているであろう敵の情報を掴むべく、町へと繰り出していた。
……のだが。
「ねぇ……テミス?」
「ったく……何だ? さっきから……。これでまた何でもないとか抜かしたら許さんからな?」
「え……あぁ……うん……」
当てどなく手掛かりを求めて町を練り歩く最中、テミスの後ろをついて回るフリーディアは、あからさまに何か言いたげな……しかし口ごもっているという煮え切らない態度を見せていた。
そんなフリーディアに、いい加減嫌気のさしたテミスは、その場で足を止めてクルリとフリーディアの方を振り返ると、真っ向から目を見据えて強い口調で問い詰めた。
元より今は、方針すら定まっていない状態なのだ。たとえ些事であれど、意見があるのならば口に出すべきだし、何よりこのような態度を取られていては気が散って仕方が無い。
「なら、はっきりと言わせて貰うわ? あの合言葉は流石に無いと思うの。この手の符号は少なからず士気に関わるし、次回から改善する必要があると思うわ?」
「んん……? フリーディアお前……そんな事で頭を悩ませていたのか? ったく……相変わらずだな……。やれやれ……平和と言うかなんと言うか……」
「っ……! 何よ! 大事な事だわ? それに私が悩んでいたのは、貴女のユーモアが皆に伝わっていないという残酷な事実を伝えるか否かであって、別に是非で悩んだりなんてしてないわよ!!」
「……。フッ……ククッ……」
しかし、フリーディアの口から飛び出てきたのは、まるで見当違いな方向への意見具申で。
更におまけとばかりに、彼女なりの配慮ではあるのだろうが、ズレた心遣いまでしているらしい。
そんなフリーディアに、テミスは数瞬目を瞬かせた後、僅かに頬を歪めて笑いを零し、そのまま喉を鳴らしてクスクスと笑い始めた。
「クククッ……!! ユーモアってお前……まさか私が笑いを取ろうと思って符号を決めたとでも思っていたのか?」
恐らく、フリーディアにとっては大真面目に考えた結果なのだろうが、だからこそ面白い。
胸の中でそう呟きながら、テミスは溢れてくる笑いに身を任せると、笑い声を零しながら言葉を紡いだ。
「そんな訳が無いだろう。それとも何か? 騎士団に栄光あれッ! ……だの、融和を求めてッ! だのといったこっ恥ずかしいものがお好みだったのか? それこそ冗談だろ。あんなもの、相手が対となる言葉を知っているか否かが解れば何だって良いんだよ」
「っ……!! でも……!!」
「でももカカシも無い。そもそも、そうやって誇りだの士気だのと、余計な役割持たせようとするから看破されやすくなるんだろうが。符号などただの合わせ言葉。それ以上でも以下でも無い」
皮肉気に言葉を続けたテミスに、鼻白んだフリーディアが口を開く。
だが、その言葉が皆まで紡がれるよりも早くテミスが機先を制すると、つらつらと正論を述べて、話は終わりだと言わんばかりにフリーディアへと背を向ける。
もしも、自分達の手勢がやられたことを知って敵がこちらの様子を窺っているのだとすれば、こういった類の話をしてやれば反応を見せるかと思ってフリーディアの戯れ言に乗ってやったのだが、どうやらこの辺りは外れらしい。
「ハァ……地味な作業になるな……。懐かしくて涙が出てきそうだ」
「っ~~~!! 何よもう……人がせっかく心配して教えてあげたってのに……」
表に見せている態度とは異なり、張り詰めている心中でテミスはうんざりと嘯いてから歩き出すと、フリーディアはボソボソと小さな声で不満を漏らしながら、その数歩後ろに続いたのだった。




