1421話 知り得ぬ自分
「っ……!! そんな事がッ……!!」
テミスとフリーディア、そしてサキュドがこれまでの経緯を語ると、話を聞いていたマグヌスは衝撃を隠しきれず、作戦卓へ手を付いて身体を支えながら言葉を詰まらせた。
「フム……。仕留めた際に姿を消しただけでなく、私とフリーディアの姿を模した敵……か。まず間違いなく、偽物の私とフリーディアは同じ手の者だろうな」
だが、テミスはマグヌスの漏らした言葉を黙殺したまま、敵を示す黒い駒を二つ手に取ると、ファントの町が詳細に記された地図の外縁に音を立てて配置する。
そして、新たに二つの黒い駒を拾い上げ、偽物のテミスとフリーディアが討たれた場所へと、横倒しに転がして置いた。
「偽物のフリーディアの口ぶりからして、連中を仕切っている『主』が一人。そして、少なくとも一人以上、連中よりも重用されている先達が居ると見るべきだろう」
「……厄介ね。あんな風に見知った人の姿で近寄られたら、簡単に間合いに入り込まれてしまうわ。問題は、今現在この町に偽物が何人居るのか……って所だけれど……」
「ぬぅぅぅぅぅッッ……!! 何たる不覚ッ……!! つまり以前、私が町で出会ったお二人も偽物であったという事かッ……!! あの時……気付けていればッ……!!!」
「っ……!! そうか……!! でかしたぞマグヌス! あの日から今日まで、大して日にちが経ってはいない。もしも複数人……いや、複数体私たちの偽物を用意する事ができるのならば、もっと戦力を整えてから仕掛けてくる筈だ!」
「って事は、最低でも偽物は一人一体……! 厄介なことに変わりはないですけれど、テミス様が沢山湧いて出てくるよりはまだッ……!!」
「っ……おいおい、湧く……ってサキュドよ。人をそんな虫みたいに表現するな。たとえ偽物といえど気分の良いものではないぞ……」
突き合わせた情報をすり合わせ、導き出した過程に一同が沸き立つ傍らで、テミスは苦笑いを浮かべてサキュドへ苦言を呈する。
確かに、同時多発的に自らの姿を模した偽物が町の各所に現れる様は、想像しただけでも『湧く』と評するに値するのだろうが……。
「……良いじゃない。別に。あんなのと同じに扱われる方が不快だわ」
しかし、自らの偽物と剣を交えた唯一の体験者であるフリーディアは意見が異なるらしく、苛立ちを露わにして言葉を続けた。
「考えてもみなさいな。自分の顔で、自分の声で、思ってもいない事を勝手に喋るし、変な顔まで晒すのよ? 冗談じゃないわッ……!」
「フッ……確かに、偽物のフリーディアはお前とは似ても似つかない小悪党だったな。正直、見ている分には面白かったぞ? 獲物を前に慢心するわ、返り血に染まって高笑いをするお前の姿は」
「なっ……!! それを言うの!? だったらサキュド!! 貴女もしっかりと報告しなさいよ! テミスの偽物はどんな風だったのかをッ!」
「へっ……!? あぁ~……っ~~……その……えぇとぉ……」
そんなフリーディアを揶揄うかのように、テミスがニンマリと意地の悪い笑みを浮かべて言葉を返すと、一気に顔を赤く染めたフリーディアはその矛先をサキュドへと向ける。
だが、サキュドとしては、よもやただの村娘の如く怯えて逃げ回るテミスを、嬉々として追いかけ回した挙句に嬲り者にした……などと答える事が出来るはずも無く、じっとりと嫌な汗を浮かべて必死で言葉を濁した。
「そうだな。肝心の私の偽物の詳細を聞いていなかった。おそらく、同時に同じ人物の偽物を送り込む事は出来ないのだろうが、また新たな我々の偽物がやってこないとも限らんからな。どうだったんだ? まぁ……お前を昂らせたという事は、我が偽物ながらよほど好戦的だったのだろうと察しは付くが……」
「ウム……そのような偽物に、この部屋にある本物のテミス様の装備を盗まれなくて助かりましたな……。もしも盗られていたら、如何なる被害が出る事やら……」
「クス……。私であんな感じだったのだもの、貴女なんてもっと目に付く人は片っ端から切り刻んでやる!! みたいな感じだったんじゃない?」
「ふぇっ……!? あ……いえ……何と言いますか……ハイ……。一目見ただけでも、本物のテミス様では無いと確信できる程ではありました……ね……。何と言いますかその……小動物……みたいな……」
どこか面白そうに言葉を交わすテミス達を前に、ただ一人真実を知るサキュドは内心で滝のような汗を流しながら、可能な限り言葉を濁して婉曲な表現で答えを返した。
けれど、未知の敵と相対する為の情報を整理する場で嘘を吐く事ができる筈もなく、サキュドは誰も気付かない事を祈りながら、ボソリと言葉尻に真実を付け加える。
「え……?」
「ムッ……?」
「へっ……?」
だが、サキュドの願いも虚しく、直後にはピタリと言葉を止めた三人の疑問符が綺麗に重なり、三者三様の視線がサキュドを貫いていた。
「えっと……今……聞き間違いじゃ……無いわよね?」
「小……動……物……だと?」
「っ……!! …………」
「っ……。…………。……!!! はい。執務室に侵入したテミス様の偽物は、ただ怯えて逃げ回るばかり……でして」
三人の視線を受けたサキュドは、逃げ道を探すかの如く数度、素早くそれぞれに視線を合わせるが、誰からも期待したような助け舟が出される事は無く、遂に観念して肩を落とすと、真実を口にする。
すると……。
「っ~~~~!!!! そうか……。偽物は例外なく好戦的になるものだと……思っていたのだが……」
「ぶふっ……!! あっはっはっはっはッ!!! 怯えて逃げ回るテミスですって!? もっと詳しく話を聞かせて頂戴!! テミスも私の偽物を見たのだから、私だってテミスの偽物の事を詳しく聞く権利があるわ!!」
「チィッ……!!! あ~もう喧しい!! 好きにしろ!! 気が済んだら対策と奴等を叩き潰す算段を付けるぞ!!」
テミスはぱちりと額に手を当てて天井を仰ぐと、頬を真っ赤に赤らめて呻くように言葉を返した。
その傍らでは、堪えかねたように噴き出し、腹を抱えて笑い始めたフリーディアが、とても楽しそうにサキュドへと問いを投げかけはじめる。
そんなフリーディアに、テミスは半ばやけくそ気味にそう叫ぶと、足早に作戦卓の側を離れて自席へと戻り、崩れ落ちるように椅子へと腰を落ち着けたのだった。




