1419話 強欲なる隠者
一方その頃。
ファントの町の何処か一室。
ヴァルナが簡素なベッドに寝転がったクルヤの元を訪れると、重々しく口を開いた。
「クルヤ……陽が昇り始めたというのに、二人が戻らない」
「…………」
「ッ……!! 聞かせてくれないか。何故……なぜあの二人にあんな無茶をさせたんだ?」
「…………。フゥ~……」
部屋の入り口に立ち尽くしたまま、ヴァルナは悲痛な表情を浮かべて問いかけるが、クルヤはその問いに答える事は無く、ただ深くため息を漏らす。
その表情は氷のように冷たく、何かを考えこんでいるかのようにも見えたが、ヴァルナは己が背を悪寒が駆け抜けていくのを感じた。
「っ……!!」
ごくり。と。
冷酷な雰囲気を身に纏ったクルヤを前に、ヴァルナは身体を強張らせて生唾を飲み下すと、言い知れない恐怖にガクガクと脚を振るわせる。
だが、ヴァルナはクルヤを前に無様に膝を付く事を良しとせず、ぎしりと歯を食いしばって辛うじて立ち続けていた。
そして。
「やっぱり……髪の毛ではあの程度が限界か……」
長い沈黙の後、クルヤはベッドを軋ませながら身を起こすと、傍らに立つヴァルナへと視線を向けて独り言を零す。
「性格も酷い物だった。臆病に傲慢……本物とはまるで違う出来損ない。失敗作には、何か余計な事をやらかす前に早々に消えて貰う。それが正しいと思わないかい?」
「っ……!! クルヤが……そう言うのなら……。きっと、それが正しいのだろう……」
「ふふ……流石はヴァルナだ。賢いね。しかし……本当に参ったよ……。せっかく連中の側に潜り込めたと思ったのに、前ッ然スキが見当たらないときた。それにあの馬鹿げた強さッ!! あんなの卑怯だろうッ!!」
しかし、独り言は唐突に問いへと変化し、ヴァルナはビクリと肩を跳ねさせると、言葉を詰まらせながらもクルヤの言葉を肯定する。
すると、クルヤはにっこりと微笑んで満足気に頷いた後、深い溜息を吐いたのを皮切りに苛立ちを露わにし始めた。
「どうしろって言うんだ!! 俺にはあんな化け物を一瞬でも抑えられる程の強さは無い! クソッ……!! 俺はもう……何にも縛られないと決めたのにッ……!!」
「クルヤ……。も……もう止めにしないか? あいつを倒すのは無理だ。また旅に出て新たな町を探そう。ここよりも住みよい町があるかもしれない」
「ッ……!! いいや駄目だ。これまで俺達がいくつ町を巡ってきたと思っている? ようやくまともに腰を落ち着けられる町を見つけたんだ。この町が良い……何としてもこの町を手に入れる」
「だったら……。私とイメルダとロノの三人がかりでなら、辛うじて食い止める事はできるかもしない……。だが……」
幾らなんでも分が悪すぎる。心打ちではそう理解しながらも、冒険者として放浪に放浪を重ねながらも、クルヤが皆が安心して暮らすことの出来る地を探し求めている事を知っているヴァルナは、酷く重たい口調で自らの推論を告げる。
尤も、あの狩りでの戦いで計ることの出来た戦力を前提としている上に、守りに特化しているイメルダや遠距離からの攻撃となるロノは兎も角、間近で切り結ぶ事となるヴァルナ自身は常に捨て身で挑む羽目になってしまう。
そうすれば相手はあのテミスだ。まずもって生き残る事は不可能だろう。
だからこそ、皆で笑い合える未来を夢見て、一縷の可能性に希望を託していたのだ。
「……ごめんヴァルナ。君の覚悟は嬉しいけれど、それも駄目だ。俺はもう何も失いたくない。これ以上奪われるのは御免なんだ。だから……考えよう。どうにかしてアイツを攻略する方法を。俺とヴァルナとイメルダとロノ……そしてシェナ。皆で幸せに暮らすために」
「クルヤ……」
悲壮な覚悟を胸に告げたヴァルナに、クルヤは静かに首を横に振ると、その瞳を覗き込むように真っ直ぐから見据えて真剣な口調で語り始める。
それは、紛れもなくヴァルナが望んでいる未来と同じ光景で。
自分はクルヤと同じ志を抱いている。そう感じたヴァルナは、胸の奥から湧き上がってくる喜びを噛み締めながら、クルヤの名を呼び静かに頷いた。
「わかった。クルヤがそう言うのなら、私も考える。本当なら、平和的に譲って貰えたら良かったのだけど……」
「……仕方が無いさ。例えば別の場所に、この町を治める領主が居たのなら、その方法もあったかもしれないけれど、この町は彼女自身が治めている。流石に、譲ってくれなんて言っても取り合って貰える訳が無いからね」
真面目な顔で深く頷いたヴァルナに、クルヤは穏やかな笑みを浮かべると、再びその背をベッドへと預けながらそう嘯いたのだった。




