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130話 主の帰還

「テミス! 左翼は任せて!」

「解った!」


 疾駆する馬の上でテミス達は短く言葉を交わすと、頷き合って二手に分かれた。白翼騎士団を率いるフリーディアは宣言通り左へと逸れ、前を見据えたテミスはそのまま、迫り来る軍勢に真正面から突撃する。


「私の留守に好き勝手してくれた礼だ……派手に行くぞッ!」


 テミスは凶悪に唇を吊り上げると、腰の剣を抜き放って目を瞑る。大軍相手に有用な技は月光斬だが、斬撃を飛ばすあの技は派手さに欠ける。私の帰還を報せる為にも、ここはひとつ手間を取るとしよう。


「猛る怒りを焔と変え、燃え上がれ。炎剣・レーヴァテイン!!」


 テミスが目を見開き咆哮する。同時に能力が発動し、刀身を巨大な炎が包んでいった。


「せいぜい祈れ。当たり所が悪く苦しまぬことを」


 テミスはギラギラと殺意を宿した瞳で前方を見据え、炎剣を大きく振り上げた。その直後、テミスの気迫に呼応するかの如く剣が燃え上がり、戦場に巨大な炎柱が立ち上った。


「フッ!」


 テミスは炎の熱を感じながら、小さく息を吐くと炎剣を一気に振り下ろした。確かこの剣の出てきた作品では、この炎は世界樹を焼いた破滅の炎らしい。所有者の意思以外では決して消えることはなく、敵を焼き尽くす地獄の炎。


「……まさに地獄だな」


 炎剣が振り下ろされた瞬間。灼熱の熱風と共に土煙が舞い上がった。その土煙の中には、絶望に喚く声や何とか炎を振り払おうともがく敵兵たちの姿が微かに浮かび上がっていた。


「ククッ……ククククッ……アハハハハハッ! 丁度良い! 見せしめになって貰おうか! 平和を犯さんとする愚劣な奴がいかな末路を辿るかを知らしめろ!」


 振り下ろした炎剣は爆散する炎と共に元のサイズに戻ると、テミスは狂ったように笑い声を上げながら土煙の中へと突撃していく。

 今の攻撃でもせいぜい、部隊を分断した程度の効果しか無いだろう。直撃を受けた連中は始末できただろうが、この剣の余波はただの熱波に過ぎない。


「……なに?」


 しかし、土煙の中に広がっていた光景は、テミスの想像とは全く異なる物だった。

 部隊に空いた穴を埋めるように陣形を組み直し、土煙が晴れると同時に反撃が来るかと思っていたのだが……。


「何故、誰も居ない?」


 土煙の中にあったのは、燃えカスとなった兵士たちの死体とその装備だけだった。

 倒し切れていないであろう人間は一人もおらず、前方からは相も変わらず悲鳴のような叫び声だけが響いてくる。


「チィ……予想外に有能な指揮だ」


 テミスが眉を顰めながら土煙を抜ける。私をおびき寄せる罠か……? それとも、一度下がって魔法で迎え撃つつもりか? しかしそこにあったのは、こちらに背を向けた敵の兵士たちが、泣き叫びながら一心不乱に逃げ出している光景だった。


「は……はぁっ!?」


 あまりに拍子抜けなその光景に、テミスは思わず叫びをあげた。

 訳が分からない。攻め込んで来たのならば、当然迎撃があるのは想定しているはずだ。だと言うのに、なぜこれほどまでに脆い?


「き……き……聞いてねぇぞ! ちょっと脅して食い止めてやるだけじゃねぇのかよっ?」

「魔族の連中は何やってんだ!」

「退け! 退けぇ! こんなんやってられるかよ!」


 敵兵は口々に不平を泣き叫びながら、その顔を絶望に歪めて走り去っていく。

 勝った事は勝ったのだろうが、何とも後味の悪い勝利だった。


「ねぇ……これ、どう言う事?」

「フム……」


 すぐに走り寄ってきたフリーディアが怪訝な顔でテミスに問いかける。察するに、戦うまでも無く敵が逃げていったのだろう。


「まぁ、想像がつかなくも無いがな……」


 テミスはフリーディアに視線を向けると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。あくまでも想像の域を出ないが、テミスには敵の陣形に見覚えがあった。


「フリーディア。お前が相手をした敵兵の中に魔族は居たか?」

「っ……いいえ。居なかったわ」

「ならば、ほぼ決まりだろう……奴め、よほど私が気に食わんらしい」


 答えたフリーディアが首をかしげるのを無視して、テミスは大きなため息を吐く。

 前線に兵を立たせて壁を作り、魔術師がその後ろから強力な魔法で攻撃する。この戦法は、ラズールでドロシーが見せたものに酷似していた。


「まさかとは思うけれど、貴女の私闘に巻き込まれた……なんて事じゃないでしょうね?」


 難しい顔をしながら馬を回頭させたテミスに、隣のフリーディアが怪訝な顔で問いかける。


「半分正解と言った所だろうな……お前達の標的、ライゼルの意図は読めんが、あの大馬鹿魔女の考えそうな事ではある」

「はぁ……やれやれね。だからいつも忠告しているのに。今からでも宗旨変えする気になったかしら?」

「ハッ……馬鹿を言うな。それよりもライゼルの意図が読めん。少なくとも聞いた話では、自らの兵を敵に預けるような間抜けではないと思うがな」

「それは当り前だと思うけれど……」


 フリーディアがテミスの考察を肯定すると、テミスは再び難しい顔をして黙り込んだ。

 ドロシーの奴がライゼルを下した? 否。ならばドロシーのこの行為はギルティアへの反逆になる。奴にそんな根性は無いだろう。


「駄目だ……ここで答えを出すには情報が足りんな。ひとまず戻ろうか。お前達の面通しも必要だろう」

「……はぁ。まぁいいわ。お願いしようかしらね」


 テミスは軽く頭を左右に振ってため息を吐くと、フリーディアと共にファントの町へと戻ったのだった。

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