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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第23章

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1416話 薄闇の秘め事

 治療魔法。

 テミスの持つそれは、この世界において一部の魔術に優れた魔族のみが有する高等回復術式とは異なる独自の術だ。

 魔族の回復魔法が、魔力自体に回復の性質を持たせ、それを患部へと照射する事で外的に傷を治す術式であるのに対し、テミスが己が能力を以て編み出したそれは、患部の細胞に対して直接魔力で働きかけ、強制的に治癒能力を引き上げるというものだ。

 いうなれば、体の内部を魔力を以て直に弄り回すようなもので。魔族が扱う回復魔法に比べて圧倒的に傷の治りが早いという利点がある一方で、そこには当然相応のリスクが生じる事になる。


「んっ……!! っ…………くぁっ……!!」


 静寂が漂う薄闇の中を、押し殺したような艶のある声が微かに揺らす。

 テミスが掌に集中させた魔力を注ぐと、胸を穿たれた傷からじくじくと全身を蝕むように広がっていた激痛が和らぎ、その代わりに丈の長い草が生い茂る草原の中へ分け入った時のようにむず痒く、そして敏感な肌を羽毛で柔らかく擦り上げたかの如きくすぐったさへと変化する。

 その感覚は、苦痛でこそないもののどうしようもなく耐え難く、堪えようとすればするほどに意識が傾き、固く閉ざされた唇から声が零れてしまう。


「っ……!! ぅぅぅっ……!!」


 それは、肉体の正常化に伴う痛みの浄化という人体にとって歓迎すべき現象であるという観点から見れば、凝り固まった肩や腰を揉み解す時のように、一種の快感が生じるのはある意味で正しい帰着なのだろう。

 しかし、凝りを揉み解すマッサージのように大っぴらに施術を行っている訳では無く、むしろこのような手段を持ち得ているという事実を秘すべきであると考えるテミスにとって、この快感の如き感覚は乗り越えるべき苦難でしか無かった。


「フッ……! フッ……! フッ……!! っつぅ……!!」


 ぼじゅり。と。

 空気が混ざった水音と共に、テミスが自ら体を穿った傷口から血が噴き出す。

 それと同時に、テミスは全身を駆け巡った痛みすら甘美に思えてしまう感覚にビクリと身体を跳ねさせると、ひと際大きな声を漏らした。

 今の音は、貫かれ萎んでいた肺が機能を取り戻し、再び元の形へと膨らみ始めた合図だろう。

 ならばあとは、フリーディアの偽物に貫かれた肉体の傷を癒しながら、新たに穿ったこの傷口から胸の内側に溜まった大方の血が逃げるのを待った後、残りの傷口を治すだけだ。


「っ……!!! フゥ……。っ……。はぁ……」


 ひとまず、命の危機は去った。

 水音と共に傷口から押し出されていく自らの血液を眺めながら、テミスは窮地を脱したという事実に胸を撫で下ろして一息を吐く。

 現状では、まだ内臓が露出しているに等しい状態に加えて、失血による危険が無くなった訳では無いものの、山場を越えたのは間違い無い。

 既に治療を始めてからかなりの時間が経過し、夜も深くなってきた頃合いだ。

 この調子で行けば、ギリギリ陽が昇る前には治療を終え、少し休んでから動き出す事ができるだろう。


「よし……もう一息だ……!!」


 少しばかり軽くなった心持ちと共に、テミスが再び治療を再開しようと、胸の傷口に当てた掌に魔力を込めた時だった。


「ッ……!!! テ……テミッ……!! テミス貴女ねぇッ……!!! 人に心配かけて見張りに立たせておいて、何をやっているのよッ!!!」

「――ッッ!!!!!?」


 バァン! とけたたましい音と共に部屋の扉が開くと、激高した様子のフリーディアが部屋の中へと転がり込んできて、壁に背を預けて床に座っているテミスの前に仁王立つ。

 当然。突然の乱入者など想定していないテミスは著しく集中を削がれ、掌へと集中していた魔力が一瞬で霧散した。


「なっ……!? なな……何だというのだ急にッ!! びっくりするじゃないか!!」

「それはこっちの台詞よ!! 私はッ!! 今にもテミスが死んじゃうんじゃないかって心配してたのにッ!!! 貴女はッ……!! 貴女はッ……!!!」

「まままま……待て!! 何の話だッ!! 何をそんなに怒って――ッ!!?」


 腰に手を当て、顔を真っ赤に紅潮させながら怒るフリーディアに、テミスは辛うじて文句を口にできたものの、訳も分からず言葉を重ねる。

 だが次の瞬間。

 テミスは上半身を露わにしている己が体に視線を落とすと、一つの予感が脳裏を駆け巡った。

 半裸で胸に手を当てた自分と、人払いを命じた事実。そして、傷を治す際のあの感覚にに堪え切ず、漏らしてしまった声。

 テミスの頭の中で、全てが一本の線を描くかのごとく繋がっていき、悪夢のような結論を導き出す。


「っ~~~~!!!! いや違ッ……!!! お前は何を勘違いしてッ……!!」


 己が名誉と尊厳を護る為に、テミスは半ば反射的にフリーディアにかけられているであろうあらぬ誤解を解くべく声を上げた。

 しかし皆まで言い切る前に、すんでの所で冷静さを取り戻したテミスは、言葉を半ばで詰まらせて口を閉ざす。

 私が治療魔法を扱えることは、私の正体にも繋がりかねない口外無用な秘中の秘だ。

 ある程度の秘密を語り聞かせてある副官達やルギウスの奴ならば兎も角、現状は味方であるとはいえ、将来的に袂を分かつ可能性のあるフリーディアにこの事実を知られてしまうのは絶対に避けるべきだろう。

 ならばむしろ、このまま勘違いをさせたままにしておいた方が良いのでは無いだろうか?

 だがッ……!!!!


「っ……!!! がっ……!!! ぁッ……!! ッ……!!!」

「……? ……何が違うのよ。この状況で。私が何をどう勘違いしているのかしら?」


 秘密と尊厳。

 突き付けられた二択の狭間で葛藤し、テミスは苦し気な息を漏らしながら身体を強張らせる。

 そんなテミスに、フリーディアは一瞬だけ訝し気に小首を傾げた後、未だ赤みの引かぬ頬を突き付けるように、疑惑の眼差しを向けながら顔を覗き込んだのだった。

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