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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第23章

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1415話 血の対価

 部屋の戸が閉ざされ、静寂が訪れる。

 微かに部屋を照らし出すのは、窓から差し込む月明りだけで。

 テミスは自らの浅い呼吸が静寂の中に木霊するのを聞きながら、壁へと預けていた背をゆっくりと起こした。


「さて……。やるか……」


 そして、誰に語りかけるともなく掠れた声で呟きを漏らすと、テミスは裂かれた服の裾に手をかけ、淀みの無い動きで肌を露にすると、脱いだ服を傍らへと投げ棄てる。

 流れ出た血をふんだんに含んでいたテミスの服は、ドチャリと重たく湿った音を立てて床の上に落ちるが、テミスはそれを一瞥する事すらせず、フリーディアから借りたナイフを静かに抜き放った。


「っ……!! フッ……フッ……!! ッ……!!」


 鋭く研ぎ上げられた刃が月光を弾き返し、暗闇の中で冷たく輝いている。

 その輝きは、テミスに嫌でも鋭い痛みを想起させ、心臓の鼓動がドクドクと音を立てて早まると共に、呼吸を荒くさせた。

 だが……。


「やらねばならん。これしか手は無い。ッ……覚悟を……決めろ……ッ!!」


 テミスはナイフを握る自らの手が小刻みに震えているのを自覚すると、自らを鼓舞するかの如く言葉を重ねる。

 そう。これは自らの手で傷を癒すのならば、避けては通ることの出来ない必要な事だ。

 ただ斬られただけ、刺し貫かれただけの傷ならば問題は無い。

 けれど今回は、肺が潰されている。

 穴の開いた肺は萎み、今は元々肺が占めていたスペースに、流れ出た血が溜まっているはずだ。

 このまま潰された肺を治してしまえば、行き場を失った血で自滅しかねない。

 故にまず、肺を治療する前にこの胸の内側に溜まった血をある程度抜く必要がある。


「ハ……この時ばかりは、小ぶりなサイズの自分の胸に感謝だな……」


 カチャリ……と。

 抜き身の切っ先を自らの胸の下へと当てながら、テミスは皮肉気に頬を歪めて自嘲するかのように呟きを漏らした。

 あとは、この切っ先を数センチ身体の内側へと押し込むだけ。

 しかし、今この場に麻酔のような代物は無く、痛みを紛らわす事はできない。

 故に、テミスは襲い来るであろう耐え難い激痛に身を竦ませると、恐怖から逃れようとするかのように視線を泳がせ、自らが脱ぎ捨てた服に目を留めた。


「そういえば……。外には、フリーディアの奴が居るんだったな……」


 そして、まるで言い訳をするかのように囁きを漏らすと、脱ぎ捨てた服の袖をつまみ上げ、まるで猿轡でも噛んでいるかの如く口に咥える。

 こうしておけば、多少悲鳴を漏らしてもフリーディアの耳に届く事はあるまい。

 それに、噛み締める物があれば、多少は痛みを堪える役に立つだろう。

 テミスは胸の中でそう独りごちると、再びナイフの切っ先を己が胸の下へと当てて天井を仰ぐ。


「ッ……!! ぐっ……ごほっ……ゴフッ……!! っ…………。チィッ……!!」


 そんなテミスを急かすかのように、胸の奥からは息苦しさと共に堪え切れぬ咳が込み上げてきて。

 テミスが血飛沫の混じった咳を数度繰り返すと、口に咥えた服の袖がじんわりと紅く染まる。

 それから数秒の間を空けて、テミスはくぐもった舌打ちと共に覚悟を決めると、ぎしりと歯を食いしばった。

 そして。


「ッ……!!!! ンン゛ッ……!!! ぐぐッ~~~~~!!!!!!」


 ずぶり。と。

 テミスは自らの肋骨の間に添わせるようにして、ナイフを己が胸へと突き立てると全身を駆け巡る激痛に歯を食いしばった。

 だが、流石のテミスといえども悲鳴を堪え切る事はできず、ギシギシと軋む音すら聞こえてきそうなほどに固く食いしばられた歯の隙間から、くぐもった絶叫が漏れ出してくる。


「っぁ……ッッッ!!! がッ……かッ……!!! ッ~~~!!!!!」


 あまりの激痛にチカチカと明滅する視界の中、テミスは気力だけで己が意識を現実へと繋ぎ留めると、自らの体内に招き入れた刃を一気に抜き放った。

 当然。その瞬間にも相応の痛みがテミスを襲い、抜き放ったナイフはそのままカランと乾いた音を立てて部屋の中の暗闇へと消え、じたばたとまともに動けぬ身体で身悶えるテミスの口元から、猿轡代わりの服が落ちる。

 しかし。耐え難い激痛と引き換えに、その刃はテミスの目的を達成したらしく、ナイフを抜き取った胸の下の傷からは、まるで水道の蛇口をひねったかの如く、夥しい量の血がドクドクと溢れ、テミスが腰を下ろす周囲の床に血の池を作った。


「フゥ~ッ……!! フゥ~ッ……!! よし……あと……はッ……!!!」


 テミスは自らの作った傷口から止めどなく血が溢れてくるのを確認すると、自らの身を苛む激痛に脂汗を浮かべながらも不敵な微笑みを浮かべ、傷付いた己が身に治療を施すべく手を胸へと当てたのだった。

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