1412話 謎は闇へと溶け消えて
裂帛の気合が籠った吐息と共に、夜の闇の中を二つの黄金が舞い踊る。
寸分違わぬ容姿に寸分違わぬ構え。それは、まるで鏡映しのようで。
しかし、ガキンッ! ギャリィンッ!! と剣を打ち合わせる音が響く度に戦局は傾いていき、数合と経たずに一方的なものとなっていった。
「セェッ……!! ハァッ……!!!」
「ウッ……くぁッ……!!?」
フリーディアは自らの姿をした襲撃者が振りかぶった剣を、全く同じ型を以て迎え撃ち、弾き飛ばす。
そして間髪入れず、振り抜いた剣を流れるような動きで自らの身体の側へと引き戻し、隙の出来た敵の胴へ目がけて、引き絞った弓から放たれた矢の如き鋭い突きを放ってみせた。
一方で、自らが仕掛けた攻撃を完全に防がれた襲撃者は、大きく後ろに跳び下がりながら、辛うじてフリーディアの繰り出した突きを躱してみせる。
「フ……」
かつて。これ程までに安心して眺めていることの出来る戦いがあっただろうか。
テミスは激しく打ち合うフリーディア達の戦いを見つめながら、心穏やかに笑みを零した。
何処で習得したのかは知らないが、奴の剣技は確かにフリーディアと同質のものだ。
だが、剣を振るう速さが、鋭さが、正確さが。本物のフリーディアとあの姿形が似ているだけの偽物とでは、天と地ほどの隔たりがある。
「……だが、妙……だな……?」
テミスは痛みと苦しさを思考で紛らわせながら、しゃがれた声で疑問を零した。
確かフリーディアの剣術は、幼いころに奴の指南役でもあったクラウスから習ったものの筈だ。
フリーディアがロンヴァルディアの王族であることを鑑みれば、奴の姉か妹か……親類縁者の類ならば、同じ剣術を使えても何ら不思議ではないし、あのまるで瓜二つな容姿にも説明が付く。
だが、フリーディアに姉妹が居るなどという話は彼女自身の口から聞いたことが無かったし、ああして本気で剣を振るっている様子を鑑みるに、少なくとも顔見知りである可能性は低いように思えるのだが……。
そんな、何処か暢気な考えをテミスが巡らせている間にも、フリーディアの剣は刻一刻と着実に襲撃者を追い詰めていた。
「もう……諦めて投降しなさい。これだけ剣を交えればわかるでしょう? 貴女が誰かは知らないけれど、貴女の剣では私に勝つ事はできないわ」
「ッ……!!」
膝を付き、呼吸を荒げる襲撃者を前に、フリーディアは剣の切っ先を突き付けながら凛と言い放つ。
しかし、四肢を地面に付いて尚、襲撃者が戦意を喪失する事は無く、寧ろ途方もない憎しみが込められた視線で、鋭くフリーディアを睨み上げていた。
「悪いけれど……まだ諦めないというのなら、少し痛い目を見て貰う事になるわ。こちらは怪我人を待たせているから、あまり時間はかけられないの。それに――」
「――チィッ!!!」
「ッ……!! ……それに。私も万全の状態ではないから、しっかりと手加減ができるか分からないわ。嗚呼……お酒を飲んだのに剣を抜いたなんて知られたら、クラウスにこっぴどく叱られてしまうわ」
油断なく襲撃者を見据えたまま言葉を続けるフリーディアに、襲撃者は皆まで語らせる気は無いと言わんばかりに鋭く斬りかかる。
だが、フリーディアは易々と襲撃者の放った不意の一撃を受け止めてみせると、悠然とした笑みをも浮かべながら当てつけるが如く口上を紡ぎ切った。
フリーディアにとって、まるで鏡映しかと思うほどにそっくりな容姿を持つ襲撃者が、怒りと憎しみに醜く顔を歪め、自分よりは拙いながらも同じ剣技を操っている現状は背筋が粟立つほどに不気味でしか無い。
もしも許されるのならば、この胸を満たす悍ましさを吐き出しながら、一刻も早く眼前に居る気味の悪い存在を切り捨ててしまいたい。
けれど、テミスを襲撃したこの女が何を目的としているかわからない今、彼女自身が唯一の手がかりなのだ。
故に、殺してしまう事は避け無ければならない。
そうフリーディアは自らに強く言い聞かせながら、止めどなく湧き上がってくる忌避感と殺意を押し殺していた。
「クソッ……! クソッ……!! クソッ……!!! クソォッ……!!! 何で……なんでお前がここに居るんだッ!! テミスは仕留められたのに……!! お前さえッ……居なければァッ……!!!」
しかし、悠然と構えるフリーディアと襲撃者が、数秒ほど鍔迫り合いの形で拮抗した時だった。
突如として襲撃者が憎悪と怒りに表情を歪めると、呪いの如く罵詈雑言を眼前のフリーディアへと浴びせかけ始めた。
同時に、襲撃者は鍔迫り合いを力任せに圧し切ろうと剣を押し付けるが、フリーディアの構えた剣は微動だにせず、負荷のかかった両者の剣が火花を放つ。
「……あまり、見ていて気分の良いものでは無いわね。自分とそっくりの顔がこうも憎しみに歪んだ顔をしているというのは」
「澄ましてるなッ!! 私達は一番の新参なんだ……あの方に振り向いてもらう為には……側に置いてもらう為には成果を上げなきゃいけないんだッ……!!」
「そう。じゃ、その辺りのことも全部……後で詳しく聞かせて貰う事にするわねッ!!」
フリーディアは言葉と共に、力任せに圧し込まれる剣を払うと、数歩距離を取って剣を構え直し、襲撃者の追撃に備えた。
けれど、襲撃者の技量はフリーディアの予測を超えて拙く、フリーディアが剣を構え直した頃には、剣を払った際に反らされた自らの剣の力を御しきる事ができず、ガキンと派手な音を立てて石畳を傷付け、辛うじて下段に剣を構え直して吠えた所だった。
そんな襲撃者に、フリーディアは小さくため息を吐くと、この戦いに幕を引くべく静かに剣を握り直した。
そして。
「誰がッ……話すかァッ……!!!」
「これで終わりよッ……!!」
怒りの方向と共に、下段から襲撃者が斬りかかってくるのに合わせて、フリーディアもまた剣を振るった。
狙いは切り上げてくる剣。
今度は弾くだけに留まらず、そのまますれ違うように深くまで踏み込んで、柄頭で頭を打って気絶させる。
「なッ……!! くッ……!!? しまったッ……!!」
だが、フリーディアは狙い通り襲撃者の剣を弾き、身体を滑り込ませるように踏み込んだものの、襲撃者は剣を弾かれて尚その前進を止める事は無く、その結果としてフリーディアの振りかぶった刃の前へと身を躍らせたのだ。
刹那。
血飛沫が宙を舞い、フリーディアの斬撃を受けた襲撃者の身体がグラリと大きく傾ぐ。
殺してしまったッ……!! そんな危機感が、フリーディアの脳裏を駆け巡った時だった。
「えっ……? な……なによ……これ……」
咄嗟に振り返ったフリーディアの眼前で、二つに分かたれた襲撃者の身体はサラサラとした粒子と化して虚空へと消えていく。
その異様な光景に、呆気に取られて息を呑むフリーディアの足元に、真っ二つに両断された金色の髪が一本、ハラリと音も無く舞い落ちたのだった。




