1409話 黄金色の殺意
「ふふ……アハハッ……!!!」
「グ……ゥッ……!!?」
賑やかな夜陰に鈴の音のような狂笑が響き渡る。
驚愕が過ぎ去った後。鋭い痛みと共に走ったのは、喉の奥を灼き尽くすかのような途方もない熱さで。
「ガハッ……!!!」
ごぼり……。と。
背後から胸を刺し貫かれたテミスは、急速に喉をせり上がってくる一塊の血を吐き出すと、微かに身体を震わせながら自らの後ろへと視線を送った。
そこからは、今も尚とても愉し気な笑い声が響いてきていて。
テミスを刺し貫いた犯人が、今も尚そこに居る事を物語っている。
「っ……!!」
だが……。
直後にテミスの視界へと飛び込んできたのは、魔力を以て照らし出された街灯の光を受けて煌びやかにキラキラと輝く黄金色の長い髪で。
テミスの知る限り、この町でこれほどまでに美しく輝く黄金の長髪を持つ者など一人しか居らず、テミスは血に濡れた唇を戦慄かせてその名を口にした。
「フリー……ディアッ……!? お前ッ……なに……をッ……!?」
刹那の間に、テミスの脳裏を数々の思考が巡り消える。
これまで幾度となく互いに刃を向け合った仲ではあるものの、少なくともこのような仕打ちを受けるような恨みを買った覚えは無い。
酒宴の席に置き去りにしたのが殺意を抱くほどに気に入らなかったのか?
否。だからといって、あのフリーディアという呆れるほどに能天気な女が、こんな暗殺じみた方法で私を殺しに来るはずがない。
テミスの理性が。直感が襲撃者をフリーディアでは無いと叫んでいる。
しかし、視界の端で舞い踊る金髪が、似合わない狂笑を奏でる声が、襲撃者はフリーディアであると告げていた。
「あはははははっ!! やっぱり……普段はてんで弱っちいわね。護衛もつけずに夜の街を歩き回るなんて、その癖に辺りを警戒すらしていない」
「ッ……!! 貴様……やはりフリーディアでは無いな? 何者だッ……!?」
テミスの問いに、フリーディアの姿をした襲撃者は高笑いを奏でると、蔑むように鼻を鳴らして口を開く。
けれどその言動から、テミスは彼女がフリーディアでは無いと確信すると、鋭く背後を睨み付けながら、語気を強めて問いを重ねる。
「刺されながら偉ぶるなッ!!」
「ガッ……!! ぐぶ……ッッ!!!」
「よく見なさい? 私はフリーディア。何を……だなんて今更言わないで頂戴? 貴女へと刃を向ける理由なんて、いくつだってあると思うけれど?」
だがその瞬間。
フリーディアの姿をした襲撃者は怒りを露にしてテミスの背を蹴り飛ばすと、胸を刺し貫いていた剣を一気に引き抜く。
そして、投げ出されるようにして地面へと膝を付き、再び吐血したテミスへと血に濡れた白刃の切っ先を向け、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべて問いを返した。
「コホッ……カハッ……!! 悪いが、身に覚えが……無いな……っ!!」
しかし、テミスはすぐに自らの血に染まっていく胸を抑えて立ち上がると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて嘯いてみせる。
同時に、テミスは素早く街路の隅から隅へ視線を走らせて自らの武器と化せる物を探すが、周囲には剣を受け得るような物はおろか、木切れ一つすらも落ちてはいなかった。
「っ……!!」
これはまずいな……と。
テミスは、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、構えた剣の切っ先を己へと向け続けるフリーディアの姿をした襲撃者を睨み付けると、胸の中でひとりごちる。
こちらは丸腰の上に手負い。
胸の傷は心臓こそ外してこそいるものの、どうやら片肺をやられたらしく、先程から異様に息苦しい。
こんなザマでは、逃げ出した所で詰め所へ逃げ込む事も、獣王の館へ逃げ戻る事も叶わないだろう。
ならば、この場でこいつを倒す他に生き延びる道は無いのだが……。
「ゥッ……!!! ゴホッ……! ゲホッ……!! カハッ……!!」
再び、胸の奥から何かがせり上がってくる感覚に耐え切れず、テミスは激しく咳き込むと、吐き戻された血の塊がびちゃびちゃと音を立てて石畳を汚した。
このままでは、どうあがいた所で勝ち目は無い。
そう、自らの窮地を理解しながらも、テミスは歯を食いしばって脚に力を籠め、眼前に立ちはだかるフリーディアの姿をした襲撃者を鋭く睨み付ける。
「クス……クスクスクスッ……!! ねぇテミス? 苦しい? 辛い? 戦う事すら出来ずに死んでいくのはどんな気分なのかしら? さぁ、せいぜいこの私から無様に逃げ回ると良いわ。こんな極上の獲物、もう他にはないもの……。私を愉しませれば愉しませただけ、長く生きる事ができるかもしれないわよ?」
そんなテミスに、フリーディアの姿をした襲撃者は表情を歪め、嗜虐心をむき出しにした醜悪な笑みを浮かべると、眼前のテミスへと突き付けていた剣を鋭く突き出したのだった。




