129話 黒白の翼
「第6から第8分隊は戦線を死守しろ! 敵を町に近づけるなッ!」
ファントの執務室では、ルギウスの怒声が響いていた。急襲してきた敵の一部が攻めて来てから数時間。ルギウスはファントの町にある戦力を総動員して防衛戦にあたっていた。
「魔法弾は絶対に迎撃しろ! 弓矢は防壁を越えさせるなッ!」
「ルギウス様! 戦況は徐々に圧されつつあります! 早めに攻勢に転じるべきかと!」
「無理だ。 今攻勢に転じれば間違いなく町に被害が出るぞ。君は自らの上官の意に背くのか?」
「っ……」
ルギウスはマグヌスの進言を切り捨てると、唇を噛みながら頭を悩ませた。
第五軍団はまもなく到着するだろう。だが、それだけではこの圧倒的な戦力差を覆すのは難しいだろう。
「クッ……彼女頼み……と言う訳か……」
ルギウスは机上に広げた戦略図を睨み付けながら歯噛みする。あれだけ大口を叩いておきながらこのザマとは、何と情けない事か。
「マグヌス……彼女は……テミスは確かに、強力な援軍を連れて帰ると言ったんだね?」
「ハッ! 確かにそう仰っていました!」
「フム……」
マグヌスがそう答えると、ルギウスは薄く息を吐いて腕を組んだ。
彼女は確かに人間だ。しかし、援軍を求める事ができるほど親しい者が居るのならば、何故魔王軍に身を置いている? つまり、人間領の奥深くにいる彼女が得る事のできる戦力など、自分一人か、せいぜいはぐれ魔族ぐらいの筈なのだが……。
「軍団長! 敵の増援です!」
「っ!! 数はっ!?」
「約一個大隊ほどッ!」
突如。部屋に飛び込んできた衛兵の報告にルギウスは目を細めた。
何故連中は戦力を小出しにしているのだろうか? あれだけの数にまとめて来られれば、いくらファントが……彼女の部隊が優れているとは言ってもひとたまりも無い筈なのに……。
「報告! シャーロット様が到着しました!」
「っ! 間に合ったか! 通せ!」
「はっ!」
続いて入ってきた報告にルギウスは顔を輝かせると、即座に命令を下す。第五軍団が合流できたのならば、この増援は凌ぐことができるはずだ。
「ルギウス様ッ!」
「すまない。よく来てくれたシャル」
執務室の扉が開き、血相を変えたシャーロットが中へと飛び込んで来る。マグヌスは密かに眉を顰めたが、ルギウスは微笑を浮かべて彼女を迎えた。
「ルギウス様! 第五軍団はすぐに戦えます! ご指示を!」
「解った。僕が陣頭指揮を執る。直ぐに――」
「ほっ……報告ッ! 報告ゥッ!!」
ルギウスが立ち上がった瞬間だった。その声をかき消して、一人の衛兵が真っ青な顔をして部屋へと転がり込んできた。
「どうした!? 第一分隊は東門の防衛の筈……まだ戦火は及んでいないはずだ」
「それっ……そそ……それがっ……!」
「落ち着け! 何があった?」
ルギウスは嗚咽交じりに声を震わせる衛兵の肩を掴むと、鋭く、しかし優しく問いかけた。この狼狽っぷりからして、何か不測の事態が起きたのは間違いないだろう。
「ひっ……東側より敵の増援です……」
「増援? 数は? 何に怯えている?」
「っ……」
妙だ。と。震える衛兵の報告を待ちながらルギウスは首をかしげた。敵が展開しているのは南側のはず……わざわざ側面攻撃を仕掛けるくらいならば、数に物を言わせて包囲するはず……。
「数は一個大隊……ですが、白翼騎士団です!」
「っ!!! 馬鹿なっ!」
思わず立ち上がったルギウスは、衛兵の肩に手を置いたまま声を上げた。テミスは確か、白翼騎士団の団長……フリーディアを救いに向かったはずだ。なのに何故、その白翼騎士団がこの地に現れる……?
「――っ! まさかっ!?」
「ルギウス様っ!?」
ルギウスは脳裏をよぎった直感に肩を震わせると、驚愕の表情を浮かべて駆け出した。その背を、数歩遅れてシャーロットが追いかける。
「マグヌス! 君も来い!」
「っ!? ――ハッ!」
ルギウスは駆けながら肩越しに振り返ると、それを愕然とした表情で眺めていたマグヌスに指示を飛ばした。
「まさか君は……なんて人なんだッ!」
そう呟いて詰め所を飛び出したルギウスの頭上で、巨大な火球が紅の閃光に貫かれて爆散する。察するに、魔導部隊を指揮しているサキュドが奮戦しているのだろう。
しかし、今はその奮戦すらも、ルギウスの胸を震わせる感情を止める事はできなかった。
いちいち階段まで駆けるのすら煩わしく、ルギウスは塀の出っ張りを蹴って防壁の上へと跳び上がる。その前方には、一際白い輝きを放つ集団が、確かにこの町へ向けて疾駆してきていた。
「ルギウス様ッ!? どうされたのですか?」
「ッ……」
その姿にルギウスが震えていると、少し遅れてシャーロットとマグヌスが駆け寄ると、ルギウスの視線を追って凍り付く。
「っ! 第五軍団は白翼の迎撃を――!」
「待て。よく見てごらん」
ルギウスは即座に踵を返したシャーロットを呼び止めると、穏やかな声で迫り来る白翼騎士団を指差した。その純白の集団の中心では、たった一人だけ極彩色の光を放つ外套を着た者が居た。
「マグヌス……君の上官……テミスは本当に末恐ろしい人だ……」
「っ……まさかっ……!?」
ルギウスがそう告げると、言葉の意味を理解したマグヌスが遠くを駆ける白翼騎士団へと目を凝らす。
「まさか、敵の最強戦力を連れてくるなんてね……」
「テミス様ッ……!」
マグヌスが目を凝らした先には、長い銀髪を翻しながら駆けるテミスの姿があったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました