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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第23章

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1408話 独りの夜

 一方その頃。

 とっぷりと日の暮れたファントの町は昼とは違う賑わいを見せ、主に酒場などの夜間の営業を主とする店から、賑やかな笑い声や話し声が響いてくる。

 そんな街路を一人、テミスは長い白銀の髪をなびかせながら、ゆったりとした足取りで家路を歩んでいた。

 今頃、獣王の館では大層な飲んだくれ共が、意識の続く限り浴びるように酒をかっ喰らっている頃だろう。

 テミスとて、あの柔らかな雲の上にでも居るかのような感覚を味わう事ができるのならば、杯を掲げて付き合うのもやぶさかではない。

 だが生憎、この身体と相成ってからは酒を飲む事はできても、どうやら肝心の酔いを司るアルコール自体が毒であると判別されてしまうらしく、あの極上の感覚を味わう事ができなくなってしまった。

 そうなってしまえば、酒宴の席など後片付けや始末を担う事になる前に抜け出すが吉。

 ヤタロウ達に程よく酒が回った頃合いを見計らって、こうして密かに抜け出してきたのだ。


「クク……悪く思うなよ? フリーディア。ギルファーの連中は大酒飲みだ。せめてもの礼だ。明日の朝、迎えには行ってやるさ」


 涼しい夜風を感じながら、テミスは漆黒に染まった空を仰ぐと、獣王の館へと残してきたフリーディアへ静かに語り掛けた。

 フリーディアは普段の言動通り、節制が服や鎧を身に着けて歩いているかのような人間だ。

 これまでも、酒を嗜んでいる所を見た事はあるものの、酔い潰れて床の上に転がっている所どころか、酒に呑まれている姿すら一度も見たためしが無い。

 けれど、さしものフリーディアといえど、ヤタロウたちギルファーの連中に囲まれてしまえば、いつまでも固辞し続けるという訳にもいかないだろう。

 現に、テミスが宴を抜け出して来る直前も、すっかりと元気を取り戻したヤヤに絡まれて杯を仰いでいた始末だ。


「惜しむらくは、酔っ払ったお前を見る事ができない事くらい……か……。フッ……だがまぁ……酔うことの出来ない私が見ないでおいてやるのも、武人の情けというものさ」


 明日になれば、きっと正気を取り戻したフリーディアに、喧々囂々と文句を浴びせかけられるのだろう。

 酒に呑まれてへろへろになっているフリーディアというのも、想像するだけで弄りがいがあるし、大層魅力的ではある。

 だが、奴とて私にそのような姿を見られ、記憶に留め置かれるのは本意ではあるまい。

 共に、押し寄せるアルコールの激流により記憶が洗い流されるほど酒に呑まれ、互いに醜態を晒すというのならば話は別なのかもしれないが。


「…………。この身体は便利ではあるが、時折恨めしく思えるな」


 共に赤ら顔を晒しながら、酒のつまみを取り合って言い争いをしたり、限界まで飲み比べなんかに興ずる。

 そんな、決して来る事の無い光景を胸の内に思い描くと、テミスは何処か寂し気な笑みを口元に浮かべ、誰はともなしに呟きを零した。


「…………」


 街路を歩むテミスの左右からは、相も変わらず賑やかな声が響いてくる。

 だがテミスの胸中は、そんな何処か浮かれた雰囲気に呑まれてくれる事など無く、何故か感じるじくりと鈍い痛みに、ぼんやりと夜空を見上げたままふと足を止めた。

 こんな空想に浸る時、決まって想う事がある。

 もしも私が、真っ当にこの世界に生を受けたただの少女だったのならば、フリーディア達とも思う所なく酒を酌み交わし、本当の意味で共に過ごしていけたのだろうか……。


「…………。フッ……下らん妄想だ……。酔っ払いの戯れ言にも劣る……」


 しかし。僅かな沈黙の後、テミスは皮肉気に頬を吊り上げて笑みを浮かべると、吐き捨てるように自らの問いに答えを返した。

 仮に、私がこの世界に真っ当に生まれ落ちた少女だったならば、王族であり騎士でもあるフリーディアと巡り合う事など一生なかっただろう。

 無論、万に一つ私が騎士の道を志し、ロンヴァルディアへ士官する道を選べば、フリーディアとならば相まみえる機会はあるかもしれない。

 だが、ギルファーに居るヤタロウやシズクは元より、魔王軍に身を置いていたルギウスやサキュド、マグヌスといって皆とは絶対に顔を合わせる事など無いだろうし、よしんば顔を合わせたとて酌み交わすような場ではなく、血と泥に塗れた戦場で、命を取り合っているのは間違いないだろう。


「やれやれ……皮肉なものだ。まぁ……こうやって感傷に浸る事ができるのを、役得と思うしかない……かっ……?」


 胸の奥底に秘めたる寂寥を呑み下したテミスが、そう嘯きながら再び一歩を踏み出した時だった。

 トン……という軽い衝撃と共に、テミスは背後から押されたような感覚を覚えた。

 しかし、眼前には見慣れぬ白刃が夜空を刺し貫くかのように天を衝いていて。

 驚きと混乱に見開いた眼で、テミスの視線がゆっくりとその刀身を辿っていくと、その白刃はあろうことか、自らの胸から伸びていたのだった。

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