1407話 夢幻に響く絶叫
「さて……と。アンタ、どこの誰なの? テミス様に化けて、何が目的?」
テミスと瓜二つの姿をした少女を捉えたサキュドは静かに息を吐くと、静かに目を細めて少女を睨み付けながら問いかけた。
無論。捕えたとてサキュドに一切の油断はない。神経は極限まで研ぎ澄まされ、テミスと瓜二つの少女の一挙手一投足へと意識が向けられている。
現状ならば。たとえこの場に拘束されているのが本物のテミスであっても、第一撃を凌ぐ事はできるだろう。
「っ……!! …………」
だが、テミスと瓜二つの少女は問いかけたサキュドから目を背けると、唇を固く結んで抵抗の意を示した。
その反抗的な態度は、油断なく少女へと意識を向けていたサキュドへ即座に伝わり、その幼く小さな額に不似合いな青筋がビキリと浮かび上がる。
「クス……こういう時、黙んまりはお勧めしないわよ? コレがどういう意味かくらい、解るわよね?」
「ッ……!!!!」
しかし、サキュドが怒りのままにテミスと瓜二つの少女へと攻撃を仕掛ける事は無く、その代わりに自らの魔力を迸らせて、紅槍と同じく真っ紅な一振りのナイフを現出させた。
そして、クスクスと怪し気な含み笑いと共にテミスと瓜二つの少女へと語り掛けながら、まるで見せ付けるかのようにゆっくりとナイフを持ち上げると、ナイフの刀身をピタリと少女の頬へと当てがう。
「でも……こうまでテミス様とそっくりだなんて気味が悪いわね? 目印に鼻っ面に傷でも刻むのはどうかしら?」
「や、やめろッ……!! 化けてなんかいない!! 私はテミス……テミスだッ!!」
そのまま言葉を続けたサキュドは、揶揄うように少女の顔を真一文字に横切る形で刃を押し当てる。
すると、気丈に振舞っていた少女は途端に恐怖で身体を震わせると、自らの顔面に押し当てられた刃から逃れるべく身を捩りながら答えを叫んだ。
だが……。
「ふぅん……?」
「へっ……? ……ぁ……ぃぎっ……ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああッッッ!!!」
少女の答えに対してサキュドは小さく喉を鳴らすと、顔面へと押し当てていたナイフを振り上げ、捻り上げるようにして壁へと縫い留めていた少女の肩口へ向けて無造作に振り下ろした。
一瞬。
少女は己が身に対して何が行われたかを理解できなかったのだろう。
ぞぶりと柔肌に刃を食いこませて尚、ポカンとした表情を浮かべた後、認識へと追い付いた激痛に苦悶の絶叫を上げた。
「ぅっ……あぁぁぁぁあああッッッ!!! なんで……!!? 答えたッ!! きちんと答えたッ……のにぃッ……!!!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。アンタがテミス様な訳ないでしょう。今更そんな見え見えの嘘を吐くなんて舐めているとしか思えないわ。でも……これで理解できたでしょう? 脅しでも何でもない。答えなきゃアンタはずっと痛いだけよ?」
「ひッ……ぁぁぁぁああああああああッッ!!! 痛い痛い痛い痛いッ!!!」
しかし、サキュドは痛みにのたうち回るテミスと瓜二つの少女を冷ややかに睨み付けたまま、淡々とした口調で言葉を続ける。
加えて、舐め腐った回答の代償だと言わんばかりに、少女の肩口へと突き立てたナイフをグリグリと捻って傷口を捏ね回した。
当然。そのような事をすればテミスと瓜二つの少女を耐え難い激痛が襲うのは言うまでも無く、少女は再び自らの身を襲った激痛に悲鳴をあげ、拘束された四肢をばたつかせた。
「……もう一度聞くわ。アンタは誰? 目的は? まぁ、まだふざけた答えを言い続けるつもりなら好きにしていいわよ? テミス様と同じ姿、同じ声の悲鳴だからかしら……すこし愉しくなってきちゃった……。……って、あら?」
ある程度少女の傷口を捏ね回した後、サキュドはナイフを動かす手を止めると、声色から興奮を滲ませながら問いを重ねる。
だが次の瞬間。
サキュドは少女の異変に気が付くと、驚きに目を見開きながら、拍子抜けしたかのように肩から力を抜いた。
何故なら……。
「ふぐっ……くぅっ……ぅ……ぇぇぇぇ!! ぐす……ひぐっ……ぅあああああああああああああっ!!」
ぽろり。と。
テミスと瓜二つの少女は、突如目から大粒の涙を零すと、しゃくりをあげて泣き始めたのだ。
その泣き声はまるで幼子のように純粋で、普段のテミスの言動からはかけ離れた、外見相応な少女のものだった。
「なんでっ……!! なんで私ばっかりこんなっ……!! 悪い事してないのに!! 嘘なんて言ってないのにッ!! いたいぃぃぃぃっ!」
「えぇっ……? な……なによコレ……。って……あッ……!! ちょっと!! 暴れるなッ――あッ……!!!」
まるで、普通の女の子であるかのように泣き始めたテミスと瓜二つの少女には、流石のサキュドであっても衝撃と動揺を隠す事ができなかった。
何が起きているのかわからない。
混沌とした様相を見せ始めた眼前の様相に気圧され、サキュドが一歩分ほどの距離を後ろへ退いた時だった。
後ろへと下がったサキュドの動きに合わせて、サキュドが少女の傷口へと突き立てていたナイフが引き抜かれ、意図せぬ痛みを泣き喚く少女へと加える。
すると、三度走った激痛に、テミスと瓜二つの少女は泣き喚きながら悲鳴をあげると、あろう事か頭を振り乱して暴れはじめた。
その先には、不運にもたったいま傷口から抜き放たれたばかりの刃があって……。
「ぁ――」
コンッ……! と。
軽い衝撃と共に、少女の眉間に血液に濡れた刃が吸い込まれていった。
途端に、苦痛に泣き喚いていた少女の絶叫は不気味なほど唐突にピタリと止まり、ビクビクと四肢が痙攣を始める。
そして次の瞬間。
「はっ……?」
テミスと瓜二つな少女の身体が薄く発光したかと思うと、身体の端からサラサラと光の粒子と化して虚空へと消え失せていき、長い一本の白銀の髪がハラリと床の上に舞い落ちた。
数秒と経たぬ間に、サキュドの眼前に居たテミスと瓜二つの少女の姿は淡い光と化して虚空へと消え失せ、壁に穿たれた紅槍とサキュド、そして少女が持って逃げた書類だけがその場に取り残される。
「…………。……なんだってのよ……いったい」
そんな、自らの常識からは乖離した現状を前に、サキュドはただ呆然と立ち尽くしたまま、うわ言のように呟きを漏らしたのだった。




