1403話 友誼の宴
マグヌス達の休暇から二日後。
テミスとフリーディアはヤタロウに招かれ、フリーディアと共にファントにおけるギルファー面々が起居する拠点である獣王の館を訪れていた。
その用向きとしては、今回のファント来訪に際する案内の御礼として、ささやかな宴を催すというもの。
尤も、その用向き自体が殆ど建前に過ぎず、テミスとの戦いに敗れて以来塞ぎこんでいるヤタロウの妹、ヤヤを元気付ける為。そして何より、自らの素性を偽ることなく、久方振りの友との再会を祝して酌み交わしたいだけだというのは、両者にとって既に暗黙の了解となっているのだが。
「え……え~……コホンッ! 本日はお日柄も良く、お集まりいただきました皆々様に置かれましては、大変ご多忙の中お集まりいただきまして誠にありがとうございます」
着工時には、宴会場などと呼ばれていた白銀亭のホールを模した広い空間には、端に設えられたカウンターの他に、幾つかの大きなテーブルが所狭しと並べられている。
緊張に満ちたシズクの固い開会のあいさつへと耳を傾けながら、テミスとフリーディアは正装である黒銀騎団の制服を身に纏い、案内されたテーブルで肩を並べていた。
無論。その眼前には、とても楽しそうな表情でシズクの晴れ姿を眺めているヤタロウと、ぼんやりと虚空へ視線を泳がせながらも、決してテミス達の方へは目を向けないヤヤが同席している。
周囲では、ヤタロウの連れて来た護衛たちやシズクの同僚たちが各々に固まって席に着いており、皆が揃って生暖かい眼でシズクを見守っていた。
「――それでは、短い時間になるかとは思いまずが、どうぞごゆっくりとご堪能いただければと思います」
「ククッ……しょっぱなから中々に面白い余興を見る事ができた。見たところだがお前、アレ……事前に用意させてやらなかっただろ?」
「はは……まさか。君は僕がそんなに心無い人間に見えるのかい? ちゃんと準備の時間はあげたさ。今朝からね」
シズクが挨拶を終え、固い所作で深々と一同に頭を下げると、テミスは周囲の者達と共に拍手を送りながら、正面に座るヤタロウへと問いかけた。
しかし、ヤタロウはテミスの問いを穏やかな笑みを浮かべてやんわりと否定した後、最後に短く真実を付け加える。
「……可哀そうに。ものすごく緊張していたわ」
「だな……奴の性格を考えれば少なくとも二日……いや、覚悟を決めるまでの時間を鑑みれば、三日は必要だろうに……」
「そうかい? でも彼女は現に、こうしてみごとに挨拶を終えてみせたじゃないか。彼女は土壇場で覚悟を決めるのが上手だ。だからこそ、下手に猶予を与えて苦しめる方が可哀想かと思ったんだけどね」
「まぁ……どちらにしてもシズクにとって災難ではあるな」
テミスはかつての記憶から知っているが故に、そして恐らくフリーディアは王族としての経験から。
直前に放り渡されるこういった場の挨拶ほど厄介極まりないと知っているが故に、心の底からシズクへと同情した。
今回の催しの趣旨として、ファント側の長であるテミスとも親しく、ヤタロウの護衛も務めるシズクに白羽の矢が立つのは道理ではあるが、人にはやはりそれぞれに向き不向きというものがある。
ヤタロウのように、常に数手先を予測し、先手を打って生きているような者にとっては、この程度の挨拶は、たとえ今この場で水を向けられてもこなせてしまうほどに容易なのだろうが、それは最早一種の才覚であり、凡庸たる我々は用意した原稿を暗記して練習を積み重ねてから本番へと望むものだ。
「ふふ……違いないわね。後で労ってあげなきゃ」
「あぁ。だがその前に……だ。宴の席だ。気持ちは察するに余りあるが、あまりしけた顔を浮かべているものではないぞ?」
「…………」
「っ……!!」
クスクスと面白そうに笑いを零したフリーディアに、テミスは小さく頷いて同意してから、視線を俯き続けているヤヤへと向けて話題を変える。
すると、ヤヤは小さく息を呑んでビクリと肩を震わせながら怯えた目をテミスへと向けるも、固く閉ざされたその口が開かれる事は無かった。
そんなヤヤの隣では、困ったように眉尻を下げたヤタロウが、黙ったまま様子を見守っていた。
父親の死と眼前の団欒、そしてそこに居る受け入れ難き仇の姿。
本来であれば、ヤヤの心を折り砕いた張本人である私が、踏み込んで行くには難しい話題なのだろう。
だが、こうして一度関わってしまった身としてはいつまでも塞ぎこまれていては寝覚めが悪いし、何より友と定めた王妹だ。このまま捨て置くのも収まりが悪い。
だからこそ。テミスはバツが悪そうにガリガリと片手で後頭部を掻き毟った後、怯えるヤヤに視線を向けて酷く言い辛そうに口を開いた。
「あ~……別に責めている訳では無いからな? ただ……まぁ……これは前にも言ったが、無理に恨みを忘れる必要は無いし、正面きっての決闘ならばいつでも受けて立ってやるとも。だから……その……えぇい、まどろっこしいッ!! このフリーディアを見ろ! これまで幾度となく、私たちは戦場で斬り合ってきたものだ。真に私を斃したいと思うのならば、肩を並べて共に飯を喰らい、技を盗むくらいして見せろという事だ!」
「ぶはっ……!! あはははッ……!! クククッ……失礼。君をこうまで言わせるなんてね。良いものが見れたと褒めてあげなくては」
「ふふふっ……。ごめんなさいね。テミスは励ますのが下手で。これでも頑張った方なのよ?」
「なッ……!? お……お前等ぁッ……!! ヒトが真剣に話をしたというのにそれかッ!!」
言葉に詰まりながらも、テミスがやっとの思いでヤヤにかけるべき言葉を紡ぎ終えた時だった。
それまで黙していたヤタロウが、突如として耐え兼ねたかのように噴き出し、続いてフリーディアもクスクスと笑い声をあげ始める。
そして、揃って生暖かい眼を頬を紅潮させるテミスへと向けると、テミスは込み上げてくる恥ずかしさを押し殺しながら、怒りの叫びを上げたのだった。




