1399話 心の古傷
「任務……完了だ」
ヤタロウがサーベルファングへと止めを刺したのを確認すると、テミスは淡々とした口調で一人呟いた。
今回の目的は、ヤタロウにその手でサーベルファングを狩らせる事。
クルヤ達の加入や、見知らぬ冒険者からの救援要請など、想定から外れる事は多々あれど、テミスが見据えていた目標は最初から微動だにしていなかった。
元よりテミスとて、作戦行動が予定通りに行くなどと甘い想定をしては居ない。
だからこそ、万に一つの失敗も無いように伏兵を配置し、自分にフリーディアとシズクなどという、過剰な戦力で今回の事に当たっているのだ。
それでも、他の冒険者から魔獣との戦いを押し付けられたり、長老クラスのサーベルファングとの戦闘は想定外ではあったのだが。
「撤収するぞ。クルヤ、素材の取り分だが、ここは単純に行こう。お前達は先程倒した一体を、こちらの一体は我々の物だ。構わないな?」
「っ……!! あ……あぁ……。わかった。あちらの戦いには君達が、こちらでの戦いには僕たちが参加してはいないからね」
「そういう事だ。回収班はこちらで手配しよう」
「……ありがとう。助かるよ」
戦闘が終わり、テミスはクルヤたちが自らの元へ戻ってくるのを待った後、まるで何事も無かったかの如く爾後の処理を終えた。
しかし、その内容に反論するべき点は無く、クルヤは幾ばくか気まずそうに言葉を詰まらせながらも承諾の意を示し、全てが丸く収まった……かに思えた時だった。
「ッ……!!! ちょっと待てよッッッ!!! お前ッ!!!! 俺達の前でよくも平気な顔をしてそんな話ができるなッ!! ヒトの心ってモンがねぇのかよッ!!!」
激しい怒りを帯びた叫びが山林に響き渡り、木々の葉が揺れる音の中へと木霊する。
その怒声の主は、先程サーベルファングに追い回されていたパーティの一員……ウンガールだった。
「見ろッ!!! 俺達はたった今、大切な仲間をッ……喪ったんだッ……!!! だってのに……だってのによォッ……!!!」
血を吐くような叫びに対しても、ただ静やかな視線を返すだけで言葉を返さぬテミスに、ウンガールは大仰なしぐさで斃れた剣士・アレックスと、その遺体に縋って咽び泣くイールを指し示した。
……確かに悲劇的な光景だ。と。
テミスは示されたイールたちへチラリと視線を向けながら、胸の中でひとりごちる。
仲間の死というものは身を切られる程に辛い事であろうし、その苦しみはテミスとて理解できた。
しかし。だからといって見知らぬ他人である彼等を哀れには思えど、それ以上感傷を抱く余地は無く、このような罵声を浴びせられる謂れも無い。
「……残念だったな。町へ連れ帰って、丁重に弔ってやると良い」
故に、赤の他人であるテミスがかける事の出来る言葉などこの程度しかなく、何をしてやることも、してやるつもりも無かったのだが。
「っ~~~~!!! ぐぅッ……ぐかッ……がっ……あッ……ああああぁぁぁぁぁッッッ!!」
そんな、突き放すようなテミスの言葉に、ウンガールは堪えかねたかのように感情を爆発させて叫び声をあげ、見開いた両目からボロボロと大粒の涙を流し始めた。
彼とてきっと、心の奥底では理解しているのだろう。
己が胸を焦がすやり場のない激情を向ける先は既に無く、ただ仲間を失ったという受け入れがたい事実だけが待ち受けているのだという事を。
だからこそ。悲しみから逃れるべく、慟哭に身を委ねたのだ。
「仲間が身を挺してまで繋いでくれた命だ。大切にするんだな。幸いにも、ファントの町には傷を癒すことの出来る病院もある。早く戻って傷を癒すと良いさ」
テミスは自らの胸の内に僅かばかり存在した同情心を総動員すると、微笑みと共に肩を竦めてウンガール達へ慰めの言葉をかけた。
本来ならば、彼等の仲間から被った迷惑に対する文句や、今後の算段についてなどの話をぶつけてやる所だが、仲間を失ったばかりの彼等にそんな話をするのは酷であろう。
そう考えたが故の、テミスから渡し得る精一杯の心遣いだったのだが。
「……んでよ」
「ン……? すまない。よく聞こえなかったの――」
「――なんでもっと早くて助けに来てくれなかったのよッ!!? あの化け物を一撃でやっつけっちゃえるくらい強いのにッ!! なんでッ!!? そうすればアレックスは……アレックスはぁッ……!!」
ボソリ。と。
それまでアレックスの遺体に縋り付いていたイールが、呻くような声で何かを口走ったかと思うと、テミスが問いを返し終わるよりも早く、絶叫が響き渡った。
同時に、イールは弾かれたように立ち上がると、アレックスの遺体の傍らを離れてテミスの前へと詰め寄り、髪を振り乱しながら叫び続ける。
その内容はテミスにとってはただの逆恨みでしかなく。いつもの調子であれば、テミスは傷心で取り乱していようと容赦なく冷たい言葉を突き付けてしまうッ!!
傍らでやり取りを見守っていたフリーディアは、半ば直感的にそんな危惧を覚えたのだが……。
「……無茶を言ってくれるな」
テミスはただ、痛々しく折れた腕を庇う素振りすら見せずに責めるイールに目を細めると、何処か苦し気に一言だけ言葉を返し、それ以上の関わりを拒むかのように素早く背を向けたのだった。




