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128話 弱者の傲慢

 人通りの途絶えた街道を、純白の一団が疾駆していた。

 その一団は馬に着せた鎧は勿論の事、その馬に乗る騎士たちの甲冑に至るまで、白を貴重とした意匠で統一されていた。

 しかし、そんな中にただ一人だけ。

 まるで純白の甲冑を体現したような白銀の髪を持ちながらも、極彩色の光を放つ外套を纏う者が居た。


「本当に良かったの? あなた、いつもの装備は無いのでしょう? 私の装備の予備を使えばよかったのに……」


 先頭を走るテミスに馬を寄せ、並走するフリーディアが心配そうに声をかける。彼女の言葉通り、テミスの武装らしき武装は腰の剣一本のみで、身を守る鎧どころか籠手の一つすら付けてはいなかった。


「要らん。私まで白く染まってはマグヌス達から攻撃されかねん」

「気持ちは分かるけど……」


 テミスはフリーディアの気遣いをぶっきらぼうに切り捨てると、忌々し気に彼女の胸元へと視線を向けた。

 ……この手の屈辱はいったい何度目だろうか。いや、『中身』の異なる私には関係の無い話だし、屈辱になど微塵に思ってはいないが……。

 彼女の鎧を借りて戦場に出た場合、胸部に攻撃を食らった暁には、さぞ愉快な音が鳴り響くのだろうな。

 テミスは自嘲気味な笑みを口元に浮かべると、馬の駆ける衝撃でゆさゆさと揺れる妬ましい()から目を背ける。


「チッ……何を考えているんだ私は」


 そして腹立たしげに呟くと、目線を引き剥がすかのように前方へと移動さた。


「詳しい戦況は解らんが、駐留軍だけで対応するのはかなり厳しいだろう。ならば、一刻も早くファントへ辿り着くのが我らの優先すべき事項だ」

「……そうね。たどり着いたはいいけれど既に壊滅してました……じゃ話にならないわ」


 むっつりとテミスがそう言うと、それに頷いたフリーディアが同調する。彼女なりに考えての事なのだろうだが、やはりこうしてフリーディアと肩を並べているのは不思議な感覚だ。


「……それで……件の冒険者将校はどんな奴なんだ?」


 暫くの沈黙の後、テミスは話題を振り切るようにフリーディアに問いかけた。事前に敵の情報があるのと無いのでは戦況が大きく変わる。ここで、少しでも情報を頭に入れておけば、戦う際に有利に立ち回れる可能性がある。


「名前はライゼル・シュピナー。直接会った事は無いのだけれど、運命を操ると聞くわ」

「運命を……だと?」

「ええ。彼に向かって放たれた魔法は、まるでそう定められたかのように軌道を変えて外れ、剣はことごとく空を切る……逆に彼の攻撃は、吸い込まれるように命中するらしいわ」

「なるほど……ね」


 まず間違いなく、それがライゼルとやらの能力だろう。噂では推察する事しかできないが、厄介な能力には違いない。


「それにしても、シュピナー……紡ぐ者、ね……」


 テミスはボソリと呟くと、皮肉気に頬を歪めた。名前からして、まず間違いなくライゼルは転生者だろう。ゲーム感覚で自らの名前を決めた私が言えた事ではないが、異世界の人名がたまたまあちらの世界の言語と合致するなどまずあり得ない。


「私が聞いた話ではは、ライゼルは奇妙な札を使って戦うそうだ。その奇妙な戦いぶりから、最初は魔族じゃないかと疑われたらしい」

「ハッ……似たようなものだがな」


 テミスの隣、フリーディアの逆側に馬を寄せたカルヴァスが重い口調で口を開いた。


「彼が南方に収まっているのもそのせいでな……今回の調査も、魔王軍に裏切っていないかという確認の意味が強い」

「随分と身勝手な話だな。勝手に奴の力に怯え、虐げたのはお前達だろう? だと言うのに、今度はどの口が裏切った等と囀るんだ?」

「っ……ムゥ……」


 テミスが横目でにらみつけながらそう告げると、カルヴァスは気まずげに視線を逸らしながら低く呻く。


「何だか、連中がクズになる理由の一つが見えた気がするな……」

「どう言う事?」

「要は、忠を尽くす対象が無いのさ。力を持つ者が掲げる御旗を失えば、その目的が我欲を満たす方向へ向くのは自明の理だろう」


 馬同士の肌が擦れ合う程に近付いたフリーディアの問いかけに、テミスは半眼を向けながら答える。

 大なり小なり、転生者の連中は表面上の秩序が保たれていたあの世界の住人だったはずだ。ならば、強大な力を手に入れたところで、刷り込まれた罪の意識が働いて、即座に犯罪行為には走らないだろう。


「人の社会に裏切られ、かと言って敵である魔王軍にも交われない。そんな連中は我欲を満たす事で己が心を保とうとしたのだろうよ」


 事実。守るべき町を見つけたケンシンはまともな人間だ。そう考えるのならば、転生者の連中は全員、被害者と言っても良いのかもしれない。


「それは……」

「……だがな」


 フリーディアの瞳が悲し気に揺れ、その口から悲嘆の声が漏れかけた途端。凶悪な笑みを浮かべたテミスがそれを制した。


「自分が虐げられたからと言って、それは他者を虐げて良い理由にはならん。連中は皆、自らの意思で人々を虐げるゴミだ。情状酌量の余地も無い」


 そうだ。たとえいかなる理由があったとしても、その行為が悪であることに変わりは無い。自らを虐げた連中に弓引くのならばわからんでもないが、無関係な人間を巻き込んだ時点で判決は覆らない。


「それはそうね。でも……」


 テミスの壮絶な笑顔の横でフリーディアは優し気に微笑むと、ゆっくりと言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。


「……貴女は気に入らないかもしれないけれど、それでも赦し、逆に赦されて……皆が笑い合えると良いなって……私は思うわ」

「フン……相も変わらず、決して届かぬ理想を語るものだ」


 テミスはフリーディアの言葉を一蹴すると、馬の脇腹に活を入れて速度を上げたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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