1397話 巨獣を衝く一刀
高々と振り上げられた漆黒の大剣を眩い光が包み、薄暗い山林の中に一振りの光剣が姿を現す。
月光斬。
魔王軍の軍団長時代からテミスが尤も重用してきた技であり、その威力は全力で放てば一振りで一軍をも滅ぼす程だ。
それはたとえ、長老クラスのサーベルファングが相手だとしても、明らかに過剰な火力と言わざるを得ないだろう。
「っ……!!! テミス!! 待ってッ!!!」
「黙って見ていろッ!!!」
ひとたび斬撃が放たれてしまえば、地形が変わる事は避けられず、周囲に甚大な被害が及んでしまう。
それを誰よりも知っているからこそ、隊列の最後尾でヤタロウとシズクと共に状況を見守っていたフリーディアが、堪りかねたかのように制止の声を上げた。
だが、テミスはただ、視線すら向ける事無く一喝しただけで、大上段に構えた漆黒の大剣に力を籠め続ける。
「な……なんだ……? なんなのだ……!? それは……ッ!?」
「ゴルル……バルルルゥゥゥゥゥッ……!!」
無論。
ただの人間に、大剣が光に包まれるほどの力を行使する事などできる筈もなく。
テミスの真後ろで戦いを見守っていたイメルダは、恐怖すら覚えるほどの驚愕に我を忘れて光り輝く大剣を見上げながら、己が疑問を声高に叫ぶ。
そんなイメルダの眼前では、テミスの強烈な一撃を食らいながらも即座に体勢を立て直したサーベルファングが、まるでテミスの闘志に応ずるかのごとく猛々しい嘶きを上げた。
「ククッ……ハハハッ……!! この技を前にして尚、逃げ出す事無く向かって来るかッ!! 味方の技に怯えている誰かとは大違いだな?」
「なっ……!? くぅッ……!!?」
テミスは突進の構えを取るサーベルファングへ高笑いをあげると、自らの背後で震えるイメルダへ嫌味を放る。
しかし、事実として恐怖に身が竦み、その場で立っている事が精一杯のイメルダには返す言葉も無く、ただ悔し気に歯噛みをしながら眼前の戦いを見守る事しかできなかった。
「折角だ。とっておきの一撃をくれてやる。この狩りの終わりを飾るに相応しい強烈なヤツをな……ッッ!!」
言葉と共に、テミスはギラリと瞳に凶悪な光を輝かせると、更に剣へ魔力と闘気を送り込んだ。
すると、さらに強まる力の奔流に呼応して、大剣が纏う光は輝きを増し、さながら小さな太陽が如き光を放ち始めた。
「テミスッ……!? 貴女……何をするつもりなのッ……!?」
「っ……! テミス……さん……?」
「…………」
フリーディアはテミスの戦いを見守りながらも、その異常に真っ先に気がつくと、掠れた声で呟きを漏らす。
続いて、フリーディアの呟きにシズクがピクリと耳を動かすと、その背へと問いかけるようにポツリと言葉を零した。
だが、当然の事ながらテミスから答えが返ってくる事は無く、大剣の纏った輝きだけが刻一刻と輝きを増していく。
「ふむ……? どういう事だろう? 二人は何かに気が付いたようだけれど……僕には皆目見当が付かない。見物ついでにどうだろう? 僕にも教えてくれないかい?」
「……強力過ぎるのです。あれではテミスさんと相対しているあの魔物どころか、ここから先の山一帯が消し飛んでしまいますッ……!!」
「そうね……。本来なら、月光斬を使うまでもない相手だわ。この前のエビルオルクとは違って、あれだけ大きいと躱される心配は無いだろうけれど……」
食い入るように戦況を見守る二人に、ヤタロウは一人余裕のある態度のまま不思議そうに首を傾げると、自らの護衛である二人へと問いかけた。
すると少しの間を空けてから、静かな声でシズクが口を開き、傍らのフリーディアがその説明を補足する。
「なるほど……。だけど彼女の事だ、考え無しにそんな事はしないだろう。ん……? だとしたら、もしかして……」
テミスと同じ武人の言葉を聞いたヤタロウは小さく頷くと、自らの脳裏に一つの閃きが駆け抜けていくのを感じた。
自らが信頼する人物が構える、過剰な威力を誇る一撃。それが意味するところは……。
「二人共。もしも仮に、仮に……だけれど。あの巨大な魔獣を『斬る』のではなくて、『打ち倒す』としたら、どれ程の威力が必要かな?」
「えぇッ……!? 打ち倒す……ですかッ!?」
「ッ……!! 少なくとも、私たちには無理じゃないかしら。力自慢の異形種たちならまだしも……ッ!? まさか……ッ!?」
ヤタロウから投げかけられた問いに答えながら、フリーディアが思考を巡らせた刹那。
フリーディアの脳裏にもテミスの繰る一つの技が思い浮かんだ。
『斬る』のではなく『打ち倒す』。
そう、あの一撃が仮に、斬撃を放つ『月光斬』ではなく衝撃波を放つ『新月斬』なのだとしたら。
あの巨体を制し得る威力を得るために、ああまで過剰に力を注ぎ込むのも頷ける話だ。
そんな、フリーディア達の閃きとも言える予想は正鵠を射ていて。
「ゴルゥァァァアアアアアアアッッ!!!」
「ォォォォォオオオオオッッッッ!!! 喰らえェェッッ!!!」
大地をもビリビリと揺るがす咆哮と共に、サーベルファングの蹄が地面を蹴り穿つと、テミスもまた咆哮をあげ、高々と掲げた大剣を一刀両断に振り下ろす。
だが、大剣が空を裂く甲高い音と共に、そこから光の刃が放たれる事は無く。
だというのに直後。
バヂィィィンッッッ!! と。何かが弾けるような凄まじい音が轟くと、テミスへと向けて猛進していたサーベルファングの巨体が、途中で見えない何かに弾き飛ばされたかのように宙を舞ったのだった。




