1394話 勇壮たる救援者
配置を変え、再び森の中を進み始めたテミス達が、標的であるサーベルファングを発見したのは、それからしばらく経ってからの事だった。
先へ進むにつれ、苛烈さを増していった戦闘痕には遂に血のような飛沫も混じりはじめており、戦闘中であると目されるあの男の仲間達の生存は絶望的だと、テミスは心の何処かでそう思い始めていた。
だが。
「――ッ!! 救援対象を発見ッ!! 交戦中だッ!!」
疾駆するテミスは、眼前現れた光景を認識した瞬間に叫びを上げる。
切り立った断崖がそそり立つふもとにまで追い詰められてはいるものの、男の仲間だと思われる冒険者たちは、いまだサーベルファングと戦い続けていた。
とは言っても、五体満足で無事な者は一人も居らず、全員が辛うじて逃げ延びているといった様相で。
あの様子では恐らく、次の一撃を堪える事は敵わないだろう。前衛の剣士らしき男は既に死に体、逃げるべき道も壁の如く立ちはだかる崖に阻まれ打つ手は無い。
このままサーベルファングの突進を喰らえば、少なくとも剣士の男と、あと一人は双牙で刺し穿たれるか、あの巨体に撥ね飛ばされ、崖との間に押し潰されて死ぬ事になるだろう。
「やれやれ……だ」
状況を確認したテミスは溜息まじりにそう呟くと、背負った漆黒の大剣へと手を伸ばして抜剣する。
サーベルファングは既に、突進を繰り出す構えに入っている。
しかし、視認こそできたものの剣が届く距離までは未だ遠く、このままではどうあがいた所で彼等を救う事はできないだろう。
「まずはこちらに意識を向けさせなければな。そら! 挨拶だッ!!」
テミスは抜き放った大剣をそのまま上段へと構えると、剣の腹を以て鋭く宙を薙いだ。
その一撃は最早斬撃ですら無かったものの、人間離れしたテミスの膂力を以て振るわれた大剣は周囲の空気を巻き込み、衝撃波……武人たちの間では剣圧と呼ばれる圧力となってサーベルファングへと襲い掛かる。
それは、サーベルファングにとっては新たな敵の来訪を報せる一撃であると共に、眼前の不届き者共などとは比べるべくもない強者の訪れを意味していて。
テミスの一撃に応ずるかのように、サーベルファングは突進の構えを解くと、傷付いた冒険者たちに向けていた巨体をゆっくりとテミス達へと向けた。
「なっ……!? 馬鹿かお前はッ……!!? 奴はこちらに背を向けていたッ!! 奇襲を仕掛ける好機だったのにッ!!」
「馬鹿はお前だッ!! こちらから手を出さなければ間に合わなかった事くらい解らんのかッ!?」
「……っ!!! しかし、これでは……ッ!!!」
「解ったらさっさとお前も奴の注意をこちらへ向けさせろッ!! あちらを先に潰されては、わざわざここまで来た意味が消え失せるッ!!」
ガンガンガンッ!! と。
テミスは手甲で大剣の柄を打って派手な音を奏でながら、左翼から驚きと怒りの叫びをあげたイメルダへと怒鳴り返す。
その隣……陣形の中央と右翼側では、クルヤとヴァルナが口を噤んだまま、まるで様子を窺っているかのように前方へと視線を向けていた。
だがそんなクルヤ達に、イメルダが確認を取るかのように視線を送ると、二人は口を開く事なくコクリと頷きを返す。
「クッ……やれば……ッ!! 良いのだろうッ!! やればッ!!」
それを確認したイメルダは苦々し気にそう吐き捨てた後、自らの大楯と剣を打ち合わせてガンガンと音を奏で、サーベルファングの注意を惹く事を試みた。
武器や防具を打ち合わせ音を奏でる行為は、戦場において挑発や威嚇といった威示行為として扱われる。
奏でる音の大きさはそのまま兵数を示し、打ち鳴らされる耳障りな金属音は、壮強たる我等はここに在り、向かってこれるものならば来てみろッ!! と声高に物語るのだ。
その意はどうやら種族を異にするサーベルファングにもしっかりと伝わったらしく、少し離れた位置に居るテミス達の元まで届くほどの唸り声をあげはじめる。
「フム……クルヤとヴァルナは連中を救護へ向かえッ! いつまでもあんな場所に居られては邪魔だ。奴との戦いに巻き込みかねんッ! 引き摺ってでもこちら側へ連れて来いッ!!」
同時に、テミスは先程までサーベルファングに追い詰められていた冒険者の方へと視線を向けると、背後に居るクルヤ達へ向けて鋭く指示を飛ばした。
何故なら、そこでは重症を負ったらしい剣士が倒れ込み、二人の仲間が必死で何かを叫びながら、ちょうどテミス達とサーベルファングを挟んで反対側の崖下で膝を付いていたのだ。
「なっ……!? 持ち堪えるつもりッ!? 無茶だわ!」
「わかった。イメルダはテミスの援護を。ヴァルナ、行くよ」
「ッ……!! りょ、了解ッ!!」
このままでは、一撃で沈めるべく月光斬を撃てば、諸共斬撃に彼等を巻き込んでしまいかねないし、斬撃自体に当たらなかったとしても、サーベルファングを切り裂いた月光斬が崖に直撃し、彼等の上に瓦礫が降り注ぐ事になる。
だが、そのような強力な一撃をテミスが有しているなどと知る由もないヴァルナが反論を唱えるが、対して即座に頷いたクルヤに促されて駆け出して行く。
「さぁて……あとはこのデカブツの攻撃を凌ぐだけ……か。イメルダ。援護は要らん。下がっていろ」
「なにッ……!?」
「考えも無しに横やりを入れられても邪魔なだけだ。心配ならば、私の後ろでその自慢の大楯でも構えていろ」
「ッ……!!! だったら、見せて貰おうかッ!!!」
小山のような巨体をもつサーベルファングと相対したテミスはクスリと不敵に微笑むと、肩を並べようとしたイメルダへ皮肉気な口調で指示を出した。
その言葉に、イメルダは怒りに頬を紅潮させると、テミスから数歩離れた背後で、大楯を地面に突き立てて守りの構えを取ったのだった。




