1386話 傲慢なる救援対象
サーベルファングの攻撃を防ぎ、いなし、反撃を加える。
クルヤたちの戦いは激しさはあれど、隙の無い堅実な戦い方を以てサーベルファングを追い詰めていた。
ビリビリと響く怒りの咆哮が大気を震わせ、大地を揺らせども、クルヤたちの優位が変わる事は無く、その戦いを見守るテミス達の間にも僅かな安堵が流れ始める。
「これならば……我々が手を出すまでもなさそうだな」
「そうね。最初はどうなる事かと思ったけれど、今は安心して見ていられるわ」
「惚れ惚れするような連携です。テミスさん、冒険者という人たちはみんなこうなのですか?」
「いや……」
声を弾ませて問いかけるシズクに、テミスはクルヤ達を眺める目を細めて言葉を濁した。
一概に冒険者と言えども、クルヤ達のように卓越した連携を持つ者は少ない。
ある意味では、クルヤ達の戦い方は冒険者たちの目指すべき到達点とも言えるが、彼等の中にはルードのように単独行動を好む者も少なくなく、故に一括りにそうだと頷く事もできなかった。
「元来、魔獣などの人外を相手にすることが多い冒険者は、多対一の戦いを得意としている。だからこそ、奴等のような連携は冒険者の得意分野とも言えるだろう」
「興味深いね。つまるところ、シズクや君のように対人戦闘に秀でた者達は、本来冒険者という職には向いていないと考えるべきなのかな?」
「いいや、あくまでも適性は所詮適正だ。冒険者の依頼の中には、盗賊退治や商隊の護衛など、対人戦闘のスキルが役に立つ依頼もある。私の知り合いの冒険者など、クルヤ達のようにパーティ特定の組まず、単独で行動しているしな」
「っ……!! では……やはり……」
意味深に微笑みながらヤタロウが問いを重ねると、テミスはピンと指を立て、要点のみを簡潔に述べた。
尤も……正確を期すならば、テミスやフリーディアのような軍人崩れや、オヴィムのような訳ありの者も冒険者に名を連ねている事を考えると、この答えも完全に正しいとは言えないのだが。
しかし、テミス達の傍らでクルヤ達の戦いを食い入るように眺めていたシズクは、テミスの答えを聞いて何処か得心を得たかのように深く頷いた。
その視線は、クルヤ達の中でもひときわ異彩を放つ、鋭い剣閃を繰るヴァルナへと向けられており、爛々と好戦的な輝きに満ちていた。
「ククッ……随分とあの女にご執心だな? シズク」
「っ……!! い、いえ……そういう訳では……!!」
「だが、気になるのだろう?」
「気になる……と言いますか……。あれは人斬りの剣。先程のテミスさんのお話に則すのならば、彼等の中では対人の要を担っているのでしょう」
「フム……」
テミスはシズクの指摘を受け、改めてクルヤ達の戦いを観察すると、確かにヴァルナの剣は一撃の威力よりも迅さや鋭さが重視されており、対人戦闘を想定しているように思えた。
だが、それがサーベルファングの討伐の足を引っ張っていると言う程では無く、固い体毛や分厚い筋肉に阻まれてはいるものの、着実にダメージを与えている。
「おぉ……すげぇ……すげぇじゃねぇかアンタ等……助かったぜ……」
そこへ、サーベルファングを連れて逃げて来た冒険者が近付いて来ると、親し気な口調でテミス達へと語り掛けてきた。
「それ以上近付くな。お前、自分が私達に何をしたか理解しているのか?」
瞬間。
テミスは背負った大剣の柄へと手を閃かせると、冷たい口調で男を迎えた。
その隣では、ヤタロウを背に庇ったシズクが、腰を低く落して刀に手を番えている。
「ままま……待ってくれッ!! 悪かった!! 悪かったよ!! 本当に!! でも、俺だってギリギリだったんだ!! あのままだったら俺は確実に奴に殺されていたッ!! アンタ達くれぇ強い人たちなら分かるだろッ!?」
「……確かに、冒険者は自らが手に負えぬレベルの魔獣に遭遇した時など、同じ冒険者に助けを求める権利はある。だが同時に、救援を求めた冒険者へ危機を報せる義務も負うはずだ。先程のお前が、その責務を果たしていたとは思えない」
「ッ……!!! 言ったッッ!! 確かに俺は報せたっ!! い、いやそんな事よりもだッ!! アンタ等はあいつ等に加勢しねぇのかよッ!?」
「この場でお前との言った言わないの下らん言い合いに興ずるほど暇ではない。それに、戦いについても貴様には関係の無い話だ。私に斬り殺されたくなくば、その場で黙って見ていろ」
テミスの警告に、男は慌てたように叫びを上げながらも、緊張と恐怖で血走らせた眼を激しく周囲へと走らせて抗弁した。
だが、テミスが男の抗弁に応ずる事は無く、ピシャリと叩き斬るかのように話を切り上げる。
しかし……。
「黙らねぇッ!! 頼むッ!! 俺の仲間達もあの化け物に追われているはずなんだッ!! 見ているだけならアイツ等も助けてやってくれッ!!!」
「ッ……!!!」
男は一度、テミスの言葉に恐怖するかのように黙り込むも、口角を飛ばしながら必死の形相でそう叫びを上げたのだった。




