1385話 冒険者の戦い
テミス達が見守る前で、クルヤ達とサーベルファングの激しい戦いが繰り広げられていた。
彼等の戦い方はまさしく、冒険者を体現したと言うべき理想の戦法で。
防御に優れたイメルダが真正面に立ち、サーベルファングの攻撃を一身に引き受ける傍らで、生まれた隙を生かしてクルヤとヴァルナが斬り込んで離脱する。
そんな彼等の後ろでは、杖を構えたロノが詠唱の邪魔をされる事無く、適時魔法を浴びせ続けていた。
「すごい連携だわ……」
「あぁ……見事なものだ」
フリーディアが奮戦するクルヤ達の戦いを眺めながらそう呟くと、テミスは低い声で静かに言葉を返す。
確かに、クルヤ達はSランクの名に恥じぬ実力を持っているらしい。
見たところ、サーベルファングの取り得る攻撃手段の中で、確実にイメルダの防御を破る事ができるのは、全力を込めた突進だけだ。
だが、突進をすべく溜めを作れば、その隙を逃す事無く、二人の容赦ない剣戟が出鼻を挫きそれを許さない。
かといって、遊撃役のクルヤとヴァルナに応ずるべく牙を振り回した所でイメルダの守りを貫く事は叶わず、彼女に阻まれた牙が二人に届く事は無い。
「……厄介だな」
ボソリ。と。
完全にサーベルファングを封殺しているクルヤ達の戦いぶりをつぶさに観察しながら、テミスは誰にも聞こえない程小さな声で独り言を漏らした。
彼等と敵対する可能性を考慮しているテミスにとって、クルヤが『群』としてここまでの実力を持っているのは予想外だった。
もしも彼等と相対する事になった時……。
テミスは静かに目を細めると、眼前で鎬を削るサーベルファングの姿を自分へと落とし込み、クルヤ達との戦いを脳裏に思い描いた。
「フム……」
置き換えるのならば、サーベルファングの突進は私にとって月光斬だといえるだろう。
一撃で彼等を屠る事ができるであろう威力も、若干の溜めが必要な事も似ている。
そうなると、やはり厄介なのは盾役のイメルダと攻撃を担うヴァルナとクルヤの連携だろうか。
否。それだけではない。
彼等と戦っている間も寸断なく叩き込まれ続けるロノの魔法も、無視する事はできない存在だ。
たとえ、このブラックアダマンタイトの甲冑が魔法そのものは防いでくれたとしても、そこから生ずる衝撃や熱を無効化する事はできない。
そして彼等ならば、魔法を喰らった事で生まれた隙を逃す事は無いだろうし、順当に戦えばこのサーベルファングのように、じわじわと追い詰められていくのは想像に難くない。
「フッ……!! セェイッ!!」
テミスの脳内で繰り広げられている仮想戦闘がそこまで進んだ時だった。
気合の籠ったイメルダの叫びと共に、一進一退の攻防を繰り広げていた現実のクルヤ達の戦いに変化が訪れる。
ヒットアンドアウェイを続けるクルヤとヴァルナを追い払うべく、大きく牙を振り回したサーベルファングの牙を、イメルダが盾で巧みに捌いた後、そのまま強烈に打ち上げたのだ。
「ねぇ、テミス……。見た? 今の……」
「…………」
それは、敵の攻撃に合わせて弾く、所謂『パリィ』と呼ばれる技術で。相手の呼吸を読み、合わせなければならない高等技術の一種だ。
テミスは傍らのフリーディアが感動するかのように息を漏らすが、言葉を返す事無く密かに手に力を込めた。
あのイメルダと言う女。
反撃のタイミングや攻撃は大した事は無いが、こと防御に関しては目を見張るものがある。
つい先ほどまで、彼等の連携の穴は彼女だと思っていた。
たとえ防御に優れていようと、一身に攻撃を受ける彼女の守りを崩してしまえばそれは一気に瓦解する。
だからこそ、月光斬のような大技は打てずとも、剣技を以て活路を開くか、無理やり力任せに守りを打ち破ってしまうという手もあった。
だが、彼女が実戦でパリィを使う事ができるほどの実力を有しているのならば話は別だ。
迂闊な手で攻めれば、逆にこちらが体勢を崩され、致命的な一撃を喰らいかねない。
「いいぞイメルダッ!! これでも喰らえッ!!」
瞬間。
顎を打ち上げられる形となったサーベルファングの下にヴァルナが駆け込むと、柔らかな下顎の肉を真一文字に切り裂いた。
同時に、完璧なタイミングで放たれたロノの爆炎魔法が直撃し、サーベルファングの巨体を大きく後方へと吹き飛ばす。
「ゴル……グアアアアアァァァァァッッッ!!」
しかし、完全に圧し切りはしたものの止めを刺すまでには至らず、サーベルファングはヴァルナに切り裂かれた下顎からボタボタと血を流しながら、怒りの咆哮を上げた。
「ヴァルナ。無理はしなくていいよ。一度体勢を立て直そう。イメルダ、大丈夫かい?」
「了解ッ!」
「問題……無いッ!!」
それに合わせて、クルヤ達は流れるような動きで陣形を整えると、再び武器を構えて真正面からサーベルファングと対峙したのだった。




