1384話 定めた役目
ゴッ……ィィィィィィィン……ッッッ!!!!! と。
前進したイメルダが構えた盾と、サーベルファングの頭骨の激突する音が周囲へと鈍く響き渡る。
自らを貫かんと向けられた鋭い双牙。イメルダは真っ向からその間の僅かな隙間へと身体を躍らせ、見事必殺の刺突を躱してみせたのだ。
だが。彼の獣の名を冠する程の双牙を躱したとて、その先には人間の体躯など優に超える大きさを誇る獣の巨体が待ち受けている。
本来ならば、巨獣の突進を前にした人間にとって牙を躱したところでさしたる意味など無く、せいぜい身体を串刺しにされて死ぬか、大型トラックと衝突したかの如き衝撃をその身に受け、撥ね飛ばされて死ぬか程度の差があるだけだ。
しかし、イメルダの身体はサーベルファングの突進を受けても吹き飛ぶ事は無く、むしろ大きく圧し込まれはしたものの、その勢いを殺して足を止めさせていた。
「フン……獣……風情が……ッ!!!」
「馬鹿野郎ッ!! 退がれッ!! 振り抜かれるぞッ!!!」
「――ッ!!!」
見事サーベルファングの一撃を受けてみせたイメルダは小さく息を吐くと、蔑むような笑みを浮かべて吐き捨てると、反撃を加えるべく剣を構える。
だが高々と振り上げられた剣が振り下ろされる刹那。背後からテミスの一喝が轟くと、鋭く息を呑んだイメルダがその声に従って後ろへと飛び退いた。
瞬間。
サーベルファングはブルルッッ!! と。荒い息を吐きだすと、首を乱暴に左右へと振り回し、巨大な牙で前方を切り刻んだ。
「クッ……!! なんて危なっかしいッ……!! だが……クソッ……!!」
もしも、イメルダがあのまま反撃へと転じていたならば、今頃彼女の身体は二つの牙によって抱えられるように振り回され、真っ二つに千切れ飛んでいただろう。
咄嗟に言葉に従い、後方へと飛び退いてくれたのは不幸中の幸いではあった。
胸の中でそう吐き捨てると、テミスは背負った剣の柄を固く握り締めたまま鋭く舌を打つ。
状況は先程から大して変わってはいない。
イメルダが急襲を凌いでくれたお陰で、何とか水際からは離れる事ができたものの、突進を受けて圧し込まれたせいで、イメルダはテミス達のすぐ前まで下がってきてしまっている。
しかし、ここからサーベルファングを迎撃すべく月光斬を放とうとも、その射線上にはイメルダが居り、諸共巻き込んでしまう可能性が極めて高い。
だとしても。
眼前では既に、サーベルファングが次の攻撃に備えて蹄で地面を掻いており、再びあの突進が繰り出されようとしている。
対して、イメルダには二撃目の突進を受けようとも十分な助走距離は既に無く、このままではイメルダは間違い無く圧し負けるだろう。
そうしたら、既に戦闘態勢に入っている私やフリーディア、そしてシズクならば飛び退いて躱す事程度ならばできるだろうが、ヤタロウやシェナは諸共轢き潰されてしまう。
「フリーディアッ!! 左右から斬り込むぞッ!! このまま突進だけはさせるなッ!!」
「――っ!!!! えぇッ!!」
数秒後に訪れるであろう最悪の未来。
克明にその訪れを予感したテミスは、傍らのフリーディアに向けて鋭くそう叫ぶと、数瞬遅れて同じ可能性に至ったらしいフリーディアが、ビクリと肩を跳ねさせてから力強く頷いた。
だが……。
「大丈夫。このまま見ていればいい」
「っ……!!?」
「えっ……!?」
剣を抜き放ったフリーディアと、前へと飛び出すべく身を屈めたテミスが地面を蹴り抜く寸前。
静かな声と共に、小さな手が二人の空いた手を掴んで引き留めた。
しかし、引き留めた……とはいってもその力は微かなもので。
テミス達が彼女の声に気付かず飛び出したならば、いとも容易く振り払う事ができただろう。
無論。無慈悲にも振り払われた少女の手は、深刻なダメージを受ける事になるだろうが。
けれど、テミスとフリーディアがすんでの所で留まった事でその悲劇が訪れる事は無かった。
その代償に、テミスとフリーディアが斬り込むための猶予は失われ、半ば反射的に後ろを振り返った二人の視線の先では、テミス達を引き留めたシェナがあどけない微笑みを浮かべていた。
そして次の瞬間。
「ハァァァァァッ……!!!!」
「オオオオォォォッッ!!」
クルヤとヴァルナの裂帛の雄叫びが響き渡ると、イメルダの背後から同時に飛び出した二人が、サーベルファングへと斬りかかる。
それは奇しくも、先程テミスとフリーディアが仕掛けようとしていた攻撃と全く同じものだった。
万が一あのまま飛び出していたら。今頃攻撃を仕掛けたクルヤ達と激突し、戦況は致命的に悪化していただろう。
「っ……!!!! そういえば……そう……だったな……。前衛は……奴等に任せたのだった」
テミスは、その事実に内心で戦慄を覚えながら呟きを漏らすと、静かに抜き放つべく握り締めていた大剣の柄から手を離したのだった。




