1383話 未熟な報せ
自然の豊かな秘境での穏やかな休息。
だが、冒険の醍醐味とも言えるその時間が長く続く事は無かった。
テミス達が休息に時間を充てる一方で、休憩地点の周囲を探索していたフリーディアが突然息を切らせて駆け戻って来たのだ。
「なんだ? どうしたそんなに慌てて。またエビルオルクでも湧いて出たか?」
「冗談言っている場合じゃないわ。今すぐにみんなを集めて」
「わかった」
ヤタロウと談笑を続けていたテミスがいち早くそれに気が付き、揶揄うように軽口を叩くが、フリーディアは酷く真面目な口調でテミスの軽口を切って捨てる。
そんなフリーディアに、テミスは即座にただ事では無いと悟ると、コクリと頷いて少し離れた水辺で戯れているクルヤ達の元へと足を向けた。
「お前達。お楽しみの所悪いが休憩は中止だ。フリーディアが何かを見付けてきたらしい」
「む……? 周辺の偵察に出ていたのか? それならばこちらにも報せて貰わねば――」
「――わかった。皆。集まって。イメルダも。気持ちはわかるけれど話は後だ。理解できるね?」
「っ……! すまない……」
淡々と現状を告げたテミスに、まずはクルヤの傍らに居たイメルダが難色を示すが、即座にクルヤが彼女を制してテミス達へ頷くと、手際よく一同に号令をかける。
すると、シズクを除く冒険者たち一行は手早く支度を済ませてクルヤの元へと集まり、その間にクルヤはイメルダへのフォローを忘れずに行っており、傍から眺めるテミス達に彼等の練度の高さを窺わせた。
「……お待たせ。聞かせてくれるかな? 何があったんだい?」
「私もまだ聞いていない。フリーディア」
「っ……。戦闘音のような音が聞こえてきたの。あと、とても興奮した動物の嘶きも。場所はこの湖を迂回して少し向こうへ行った辺り。ほんの少しづつだけれど音が大きくなっていたから、こちらへ近付いてきているのかもしれないわ」
全員がテミス達の前へと集まると、クルヤは視線をテミスへと向けて説明を促した。
だが、テミスとて実際に何を見付けてきたのかを事前に聞いては居らず、そのままフリーディアに水を向ける。
それを受けたフリーディアは、コクリと小さく頷いて一歩前へと出ると、真剣な面持ちで自らの得てきた情報を簡潔に、そして丁寧に語り聞かせた。
「フム……魔獣や獣同士の争いではなく、冒険者が絡んでいるのだとしたら、あり得無い話ではないな。この辺りは水辺に足を捕られる危険はあるものの、開けていて戦い易い」
「そうだね……。聞こえてきた鳴き声だけれど、どんな感じだったかわかるかい?」
「えぇ……っと……どんな感じ……と言われても……。木か何かが倒れるような音に混ざって、獣っぽい声が聞こえただけで……」
「チッ……!!」
「んんっ……。確かに、聞き慣れていないと言葉で説明するのは難しいか……」
フリーディアが手短に報告を終えると、テミスは静かに頷いてクルヤへと視線を送りながら、自らの所感を述べていく。
クルヤもテミスの意見に同意するように頷くと、何かを考えるかのように視線を虚空へと彷徨わせながら、フリーディアに問いかけた。
だが、クルヤの質問を受けたフリーディアは酷く困ったかのように表情を歪めた後、曖昧な言葉で答えを返していく。
そんなフリーディアに苛立ちを覚えたのか、ヴァルナが鋭く舌打ちをするが、クルヤは咳払いと共に柔和な笑みを浮かべると、再び思案をするかのように息を吐いた。
そして。
「そうだッ! なら、聞いた鳴き声をそのまま真似してくれるかい?」
「えぇっ……!? で、でもッ……」
クルヤが妙案を思い付いたとでもいうようにパチリと指をを鳴らすと、朗らかな笑顔をフリーディアに向けて問いを重ねた。
しかし、フリーディアは驚きの声と共に顔を赤らめると、もごもごと口ごもって眉根を寄せる。
「えぇいッ……恥ずかしがっている場合か!! 今は少しでも情報が欲しいんだッ!! 声を聞いたのはお前だけなんだぞッ!」
「ヴァルナの言う通りだよ。恥ずかしいかも知れないけれど、どうか僕らの為に……お願いできないかい?」
「……あまり無様を晒すなよ? 情報は時に命よりも重いと知っている筈だ」
「わ……わかったわよ……。ッ……! コホン……ぶるゥグォォォおおオオッッ!!! って感じだったかしら……」
だが、渋るフリーディアに痺れを切らしたかのようにヴァルナが一喝すると、クルヤが柔らかく、そしてテミスが冷たく突き放すようにフリーディアを促した。
そうして逃げ道を失ったフリーディアは、不承不承といった様子で一つ咳払いをした後、羞恥で顔を真っ赤に赤らめながら、自らが聞いたであろう獣の嘶きを真似てみせた。
「フム……」
「感じからして猪系統かな……? もしかしたら、僕たちの狙っているサーベルファングかもしれない」
「そうだな。だとしたら水際は危険だ。様子を窺いながら移動するぞ」
しかし、フリーディアの放った渾身の鳴き真似を笑う者は一人も居らず、テミスとクルヤは真面目な表情で言葉を交わして頷き合った。
その時だった。
「うわぁぁぁぁッッ!!! だれ……誰かッ……!!」
恐怖に塗れた悲鳴と共に、湖を囲う山林の中から一人の男が飛び出してくると、その後を追って一頭の巨大な猪が、木々をなぎ倒しながら姿を現す。
「あぁ……ひぃぁぁぁぁぁッ!!! 助けてくれェッ……!!」
「なッ……!? 馬鹿がッ……!!」
「あれは……サーベルファングッ!! しかも大きいッ!!」
「――ッ!!!」
必死の形相で飛び出してきた男は、テミス達の姿を見つけるや否や、あろう事か怒れる猪を引き連れたままテミス達一行の方へと駆け寄ってくる。
瞬間。悪態と共にテミスはヤタロウの前へと身を翻すと、自らの剣へ手を閃かせた。
だが……。
「私が前に出るッ……!!! その間に体勢を立て直せッ!!!」
テミスが大剣を抜き放つ前に、盾を構えたイメルダがそう叫びを残して真っ向から飛び出していったのだった。




