1381話 父の言葉
ファントの町を出立したテミス達は、護衛対象であるヤタロウを中心に隊列を組み、山林の中を突き進んでいた。
サーベルファングの主な生息域は、この場所からもう少し山を登った先に在る高原地帯で。その標高故に冷涼な空気が流れる高原一帯には、サーベルファングだけでなく他の魔獣や動植物など、豊かな自然が育まれている。
「ふぅ……。やはりこの辺りは涼しくていいな。こう甲冑を着込んでいると、どうにも蒸してしまって敵わん。イメルダ……だったか、そちらはどうだ?」
「…………。えぇ、まぁ。ですが、鎧を身に纏って動けば身体が熱を持つのは当たり前のこと。私はもう慣れはしましたが……確かにこの涼しさは有り難いですね」
「フム……。軽装が主流である冒険者の中に在って、それでも尚甲冑を用いている経験豊富な冒険者殿であれば、この蒸し暑さを何とかする知恵を持っているのでは……などと思ったのだが……」
「弱音は魂を弱らせる。私は師である父からそう教わりました。この重たく、蒸し暑くて苦しい甲冑は、我々騎士が仲間を護る為に得た体の一部。たとえ煩わしくとも、厭う事などあり得ない……とも」
行軍の最中。その退屈を紛らわすかのように、テミスが前方へ雑談を投げかけると、あまり歓迎していない事を如実に表したムスリとしたイメルダの声が返ってきた。
だがその言葉の中には、テミスに対する仄かな敵意だけではなく、自らの持つ騎士としての矜持や、師である父親への尊敬が詰まっていた。
「ほぉ……金言だな」
確かに……と。
イメルダの言葉を受けたテミスは、視線を落として自らの纏っているブラックアダマンタイトの甲冑を眺めると、これまで子の甲冑と共に駆け抜けてきた戦場へと思いを馳せた。
思えば、魔王城で仕立て直して貰って以来、この甲冑とも長い付き合いだ。
時には強度に物を言わせて敵の攻撃を受け止めてみたり、コイツを纏っていなければ今頃、腕や足の一本や二本は無かったかもしれない。
否。それどころか、とうに命を落としていても何ら不思議でも無かっただろう。
「痛み入る言葉だ。父君はさぞ素晴らしい武人なのだろうな」
「えぇ! もちろん! っ……!! ……厳しくは……ありましたが、私はそんな父を尊敬しております」
イメルダの語った父の言葉に、テミスは何度も頷きながら言葉を返す。
だが、先程までは饒舌だったイメルダは僅かに口ごもった後、打って変わったような静かな口調で会話を打ち切って前方へと視線を移した。
「……? そうか」
あの反応ならば、父親との思い出や誇りに思っている理由などが聞けるかと思ったのだが……。ともあれ、騎士の父親を持ち、自らも騎士を名乗りながら冒険者稼業に身を置いているなど、それなりに訳ありなのだろう。ならば、これ以上話を続けて、無理に情報を聞き出す必要もあるまい。
そんなイメルダの反応に、テミスは僅かに違和感を覚えながらも、既に知り得た情報から彼女自身についてそう結論付けると、そのまま会話を続ける事無く口を閉じた。
「んん……。イメルダ……イメルダ……」
「……どうした? あまり意味も無くそう名前を連呼してやるな。耳に届けば厄介だぞ」
しかしその傍らでは、テミスとの会話を聞いていたらしいフリーディアが、ブツブツと小さな声でイメルダの名を呟きながら頭を悩ませていた。
「それは……そうだけれど……。何処かで聞いた記憶のある名前だと思って……」
「ほぅ? お前が知っているとなると、それなりに高名な家の出か?」
「わからないわ。せめて家名がわかれば話が早いのだけれど……」
「今の状態では無理だろうな。それに、今の彼女の立場を考えれば、今も実家と繋がりがあるかも怪しいものだ」
テミスは微かに唸り声を上げながら首を傾げるフリーディアを小声で窘めると、ボソボソと前方に居るクルヤ達には届かない程の声で言葉を交わす。
例え、イメルダがロンヴァルディアの出身であったとしても、安定した職業である騎士という立場を捨ててまで、収入が不安定な職である冒険者として活動している以上、やむにやまれぬ事情があったと察するに余りある。
それが、家から放逐されたのか、それとも実家自体が断絶となったのかは知る由も無いが、興味本位で掘り返していい話ではないだろう。
「……それもそうね。でも、もしも思い出したら報告するわね。今度はちゃんと」
「ハッ……本来ならば懲罰モノだぞ。それもいまだ執行猶予中だ。何かがあったら覚悟しておけ」
「わかってるわよ」
フリーディアはそれでも、しばらくの間考え込んでいたが、遂に思い出す事を諦めたのか、唸るのを止めて悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そんなフリーディアに、テミスが冷たく鼻を鳴らして一瞥をくれた後、前方へと視線を戻した時だった。
「よしッ……!! 水場だ。ひとまず、ここで休憩をとろう」
周囲を遮っていた木々が途絶え、小さな湖が姿を現すと、前方を歩いていたクルヤがテミス達の方を振り向いて、朗らかな声でそう告げたのだった。




