1380話 気を許せぬ仲間達
サーベルファング。
テミスが選別した魔物の中から、ヤタロウが討伐対象と定めたのはこの魔物だった。
サーベルファングはその名が示す通り、剣の如く鋭く、巨きな牙を持つ魔物だ。
外見としては、ただ巨大な猪といった具合だが、そのくせ小回りも効くという猪口才な性質を持っている。
故に、一度コイツに狙われれば、真っ向から受け止めるか、持ち得る最大火力を以て迎撃し、一撃で仕留める必要がある。
それ故に討伐難度は高いものの、内包する魔力は多く、肉も伝説と称されるエビルオルクにこそ劣るが、かなりの美味と名高い。
「……と、言った具合だ。クルヤ、君たちのパーティに前衛を任せても構わないか?」
ヤタロウが選んだ標的の説明を一通り終えた所で、テミスは真面目な表情を浮かべて話を聞いていたクルヤへ視線を向けて問いかける。
当初の予定では、自分自身が矢面に立ち、体力を削った所でヤタロウにも参戦させて討伐を果たす予定だった。
だが、不確定要素であるクルヤ達に背を向ける事は極力避けたい。
ならば、ここは依頼主の権限を活用し、せいぜい囮や盾役としてこき使ってやろうという算段だ。
「……確かに。盾役は僕たちの方が……イメルダが適任だね。見たところ君の武器はその大剣のようだし、フリーディアさんの装備ではあの突進を受け止めるのは厳しいだろう」
「それでは……?」
「構わないよ。僕とイメルダで前衛を務めよう。今の僕たちでは連携を取ろうとしたところで、足を引っ張り合ってしまう可能性の方が高い。けれど、仕事とはいえ危険な役割を引き受けるんだ、一つ……いや、二つだけ頼みを聞いてくれないか?」
テミスの提案にクルヤはすんなりと頷き、更に理解をも示してみせたが、即座に交換条件とでも言うかの如く言葉を続けた。
しかし、こちらの要求を先に呑ませているとはいえ、テミスはその程度で『白紙の小切手』を切ってやるほど甘くは無かった。
「内容による。言ってみろ」
「……まず一つ目。このシェナは直接戦闘には参加できないんだ。神官見習いでね。だから、ヤトさんと一緒に守ってあげて欲しい」
「ッ……!! ……二つ目は?」
「ヴァルナとロノ、僕たちが背中を預ける後衛の二人だけれど、サーベルファングクラスの魔獣と真っ向からやり合うとなると、僕たちはそちらにかかりきりになってしまうと思う。つまり、不確定要素から後衛を守る役や、周辺の索敵まで手が回らなくなる。前衛を引き受ける代わりに、その役を君達に頼みたいのさ」
「フム……なるほど」
つらつらと理由と共に自分達の要求を述べたクルヤに、テミスは小さく息を吐いて思考を働かせた。
ひとまず、二つ目の要求は正当と言って差し支えが無いだろう。
テミス達を頭数から除けば、絡め手無しでサーベルファングを狩るには心許無い人数であるのは間違いないし、その理由にも不自然な点は見当たらない。
だが、問題は一つ目。
一見しただけでは、戦えない少女を守る為には当然ともいえる要求だが、少し見方を変えただけで、この要求にはかなりの危険を孕んでいる事は容易に想像が付く。
もしも仮に、神官見習いだというクルヤの言葉が嘘だとしたら? 例えば、彼女の正体が、幼い外見を生かして標的を暗殺する事を生業とする暗殺者であったならば、シズクが護衛に就いているとはいえど、ヤタロウの側に近付けるなど論外にも程がある。
もしくは、クルヤの言が全て正しかったのだとして。
戦闘員ではない彼女が捨て石で、爆薬か何かをローブの中に潜ませ、ヤタロウ諸共道連れにされては堪ったものではない。
だが……。
「了解した。それでいこう。最後に確認だが、依頼の趣旨は理解しているな?」
少なくとも表面上には、断る事ができる要素は存在しない。ならば、ここで頑なに彼等との共闘を拒めば、軋轢を表面化させるだけではなく、連中に要らぬ不信感を与えてしまうだろう。
テミスは僅かな思考の中でそう判断をすると、コクリと頷いてクルヤの提案を承諾した後、念を押すかのように問いを重ねた。
「あぁ……。勿論。忘れてはいないよ。僕たちの役目は標的の体力を削いで弱らせる所まで、あとはヤトさんと……君たちにお任せするよ」
「フッ……ならばいい、お手並み拝見といかせて貰おうか」
「とくとご覧あれ……と、それは兎も角……」
「……っ?」
打ち合わせを終えたテミスが不敵な笑みを浮かべて身を翻しかけるが、クルヤはそれを止めるかのように一歩前へと進み出ると、チラリとヤタロウの方へ意味深な視線を送ってからテミスに囁きかける。
「ヤトさん、本当の所は何者なんだい? あ、いや……深入りするつもりは無いのだけれどね、ただの旅人がこんな依頼を出すのも妙だし、君がここまで気にかけているのはもっと妙だ」
「――ッ!!!」
「あぁ、別に言いたくなかったら言わなくても良いんだ。これはただの好奇心。聞いたのは、君も大変だねって伝えたかっただけだから」
やはり、流石に旅人で通すには無理があったか……!?
穏やかな笑みを浮かべたまま問いかけてきたクルヤに、テミスは一気に内心の警戒を高めたが、クルヤはすぐに自らの失言に気が付いたかのようにぱたぱたと両手を振ると、小さく肩を竦めて弁明した。
それがクルヤにとって、どのような意図を以て発せられた者かはわからない。
けれどそれは、答えに窮していたテミスにとっては渡りに船であったのは間違いなく。
「……ま、金持ちではある。とだけ言っておこう」
「フフ……了解。なら、名前を憶えて貰えるように張り切らないとね。さ、いこうか」
そんなクルヤに乗じて、テミスが言葉を濁しながらも、嘘にはならないギリギリの範囲で答えを返すと、クルヤはクスクスと笑いを零してコクリと頷いたのだった。




