1379話 背を刺す綻び
まるでピクニックへ向かうかのような気楽さ。
そんなテミスの心持が粉々に破壊されたのは、昇ったばかりの朝日から穏やかさが消えた頃だった。
「な……にぃッ……!!? 馬鹿なッ……!! 何故……何故貴様等がここに居るッ!?」
テミス達の定めた集合場所であるギルドの前に、緊張と動揺を帯びた声が響き渡る。
予定に狂いは無かった。ヤタロウとシズクは時間になる前にやって来たし、珍しく時間ギリギリになってはいたものの、フリーディアも遅刻する事無く合流した。
だが、そんなフリーディアがまるで連れてきたかのように、彼女が合流した直後に、クルヤ達がやってきたのだ。
尤も、ここは冒険者ギルドの建物の前。冒険者である彼等が姿を現すのは、何もおかしなことではない。
しかし、クルヤ達は冒険者ギルドの中へと向かうのではなく、その傍らに集合していたテミス達の元へとやってきたのだ。
「何故……? 何故って……酷いなぁ……今日はそちらが呼んだのでしょう?」
「なんだとッ!?」
半ば反射的に、テミスは背負った大剣の柄を掴んで身構えながら吠えるが、クルヤは肩を竦めて苦笑いを浮かべると、穏やかな調子で言葉を返す。
だが、当然テミスには彼等に使命依頼を出した覚えなど無い。
高ランクの冒険者である彼等を指名して依頼すれば、それ相応の金額が必要となってくる。
そんな事をするくらいならば、サキュド辺りに手当てを付けて連れて行った方が戦力的に見ても充足するし、何より友好的であるとは思えない連中を護衛に加えるなど正気ではない。
「先日の一件での不幸なすれ違いを互いに水に流し、交流を図る為だと聞いていたのだけど……」
「そうだな。でなければ、あの程度の金額で依頼を受ける訳が無いだろう。それとも、わざわざ意趣返しをする為に偽りの依頼を出して呼び出したのか?」
即座に臨戦態勢に入ったテミスに反応して、クルヤ達もまた自らの武器に手をかけ、応ずる構えを取る。
しかしその様子からは、彼等が嘘を言っているとは到底思えなかった。
「テミス!! 待ってッ!! 彼等には私が依頼を出したのッ!! 何日も悩んでいたでしょう?」
「なッ……何を勝手なッ――!?」
自らの記憶と食い違うクルヤ達の反応に、テミスが違和感を覚えた瞬間。
傍らから飛び出してきたフリーディアが、叫びと共にテミスとクルヤ達の間に割って入った。
そして、怒りに声を荒げかけたテミスの肩をガシリと掴むと、耳元に口を寄せて小声で言葉を続ける。
「貴女が彼等を疑うというのなら、私は彼等の潔白を証明してみせるッ! それに、こうして目の届くところに置いておけば貴女も直に監視できて都合が良いでしょう?」
「ッ~~~~!!!!」
お人好しもいい加減にしろッ!!!
テミスは雷を落とすが如くフリーディアを怒鳴り付けたくなる衝動を必死で抑えながら、あまりの馬鹿さ加減に覚えた眩暈を堪えた。
百歩譲って、クルヤ達の疑いを晴らすべく行動するのは構わないだろう。それは最早、フリーディアの性分というか習性のようなものだし、とうに諦めが付いている。
けれど、仮にも他国の王であるヤタロウを密かに護衛する場に、異分子である彼等を呼び込むなど、暗愚蒙昧であるとしか言いようがない。
「……この大馬鹿が。だとしても事前に私に報せておくのが道理だろうが」
僅かな沈黙の後。
テミスは呻くようにフリーディアへ言葉を返すと、頭の中で爾後の策を巡らせた。
不和を嫌うフリーディアの事だ。
些細な行き違いをきっかけに疑いを深める私に、その純真無垢な心を痛めたのだろう。
思えば、フリーディアを側付きにして以来、彼女はずっとこちらのやり方に合わせていたようにも見える。
となれば、いわばこれは発作のようなもので。自らの本心を抑え込んでいるフリーディアに気付かず、ガス抜きを怠った私の失態とも言えるか……。
幸いにも、こちらの準備は今すぐにクルヤ達を相手に殺し合いを始めても問題無い程度には整っている。
ならば……。
「あぁ……すまない。どうやら報告に漏れがあったらしい。改めて、依頼の内容を確認しても?」
テミスは警戒を解かぬまま剣の柄を掴んだ手を離すと、不敵な笑みを浮かべてクルヤへと問いかけた。
いくらフリーディアが他者を疑う事を知らないお人好しだとしても、まさかヤタロウの正体までも明かしてはいないだろう。
だが、万に一つもあるし、ここでクルヤが嘘を吐いた暁には、フリーディアに彼等が黒である事を突き付けてやれる。
「はは……組織ってやつは大変だね。構わないよ。依頼内容はそちらのヤトさんの護衛と訓練の手伝いだと聞いているよ」
「…………?」
「っ……」
テミスの問いに、クルヤは穏やかな笑みを浮かべて頷いてから、自分達が請けたという依頼の内容を簡潔に語ってみせた。
その刹那、テミスが視線だけを動かして傍らのフリーディアへと正誤を問いかけると、フリーディアは僅かに顎を引いて頷いてみせる。
「了解した。では、今日一日よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく。それで、何を狩りに行くつもりなんだい?」
「フム……そうだな……。ヤト、これが付近に居る魔物のリストだ。この中から好きなヤツを選んでくれ。……シズク、絶対に傍を離れるなよ?」
「はい……!」
これならば、まだやりようはある……!!
依頼の内容を確認したテミスは内心で力強く呟くと、クルヤの問いに小さく息を吐いてから、用意していた細工済みのリストをヤタロウへと手渡した。
同時に、ヤタロウの傍らで密かに身構えていたシズクにさり気なく身を寄せると、囁き声で警戒を促したのだった。




