1374話 度胸と無恥は紙一重
型に嵌まる事の無い奔放さを見せながらも、他者に有無を言わせないこの独特な気迫。
ある意味では自分勝手とも捕らえられかねない危うさはあれど、自らが先頭に立って物事を推し進めていくこの気質こそ、王たる者が持つ素質なのだろう。
ニコニコと微笑むヤタロウを眺めながら、テミスはどこかぼんやりと胸の内でそう独りごちる。
「では、まず君たちの主張を聞こう。ただ、全員が一斉に喋ってしまっては話し合いにならないからね。代表として、リーダーのクルヤに話して貰おうかな」
「っ――!」
「わかった。っと……一応、形式として立たせて貰うよ」
静かに冒険者たちへと視線を向けたヤタロウが水を向けると、真っ先に反応したのは不満を燻らせていた女たちだった。
だが、クルヤはそんな仲間達を制すると、ガタリと椅子を引いて立ち上がり、テミス達を見下ろすように視線を合わせて口を開く。
「僕たちはただ、お客として平等に扱ってほしいだけだ。君達が食べていたのは、噂のエビルオルクの肉だろう? 今日町を巡ったのだけれど、どこももう無いと言われてしまったから、お金はかかっても構わない……是非出して貰いたかったんだ」
「それを頭ごなしに出せない。と一蹴され続けたのだ。我々が余所者だからといって、その対応はあんまりではないか?」
「っ……!!」
クルヤが粛々とした口調で主張を紡ぎ終えると、それを補足するかのようにヴァルナが荒々しく口を挟むと、鋭い視線でアリーシャを睨み付けた。
しかし、アリーシャがそれに言葉を返す事は無く、ビクリと肩を竦ませて項垂れてしまう。
「はい。ありがとう。さて……これに対してテミス。君から主張を聞こうか」
「あぁ……」
テミスは低い声でヤタロウの使命に返事を返すと、発言を終えたクルヤが腰を下ろすのと入れ替わりで椅子を引いてゆらりと立ち上がる。
正直なところを言ってしまえば、このような茶番などは無意味で。この期に及んで代表である私ではなく、アリーシャを睨み付けているような卑劣の輩は叩き伏せて放り出してしまいたい。
だが、こうして話し合いの席を持った以上、相応しい方法で叩き伏せるべきだろう。
そう自らの感情を律すると、テミスは煮え滾る腹の内を冷ますかのように深くため息を吐いてから、冒険者たちを冷たい視線で睥睨しながら話し始めた。
「お前達が言う所の『客』が何を指すかは知った事ではない。だが、アリーシャがこの店を訪れる『お客』を区別する事は断じてあり得ん」
「でも――ッ!!」
「続けるぞ。第一に、金を払って利用していても、この店は私の家でもある。第二に、お前達が欲しがっている肉は私が個人的に持ち帰ったものだ。お客に出す分は既に完売しているし、そもそもッ!! 私が獲ってきた肉を誰にやろうが、他人にとやかく言われる筋合いは無い」
氷のように冷たい声色でテミスがそう告げると、堪りかねたかのようにロノが口を挟む。
しかし、テミスは殺気すら感じさせるほどの鋭い視線を以て黙らせると、胸を張って未自分たちの主張を語り終えた。
「さて……そういう訳だ。互いの事情を突き合わせてみた所、君達は無理筋を通そうとした挙句、あろう事か給仕の子を恫喝しようとした……。と、僕の目には映るのだけれど」
そこをすかさず、ヤタロウが穏やかな声で結論をまとめ上げ、柔らかな微笑みと共に冒険者たちへと視線を向ける。
商品では無いものを商品であると勘違いし、自分達へと提供するように迫った。たった今起こった事実だけを並べたその結論には、流石の女たちも異を唱える事はできなかったらしく、悔し気に黙り込んだままアリーシャを睨み付けていた。
「……わかった。確かに僕達が間違っていたみたいだ、申し訳ない。皆の短慮を謝罪するよ」
「っ……!! クルヤ……」
「クッ……!!」
僅かな沈黙の後。
クルヤは再び静かに椅子から腰を上げると、テミスたちへ向けて深々と腰を折り、神妙な声色で謝罪をした。
それを見た彼の仲間達は、まるで苦しむかの如く悲痛な表情を浮かべており、その態度がさらにテミスの神経を逆撫でする。
「事情は理解した。その上で君に交渉がしたい。君が持つエビルオルクの肉を、どうか我々にも分けて貰えないだろうか?」
「っ……!?」
「…………。ハァ……?」
どうにか一件落着した。
店にいた者全てがそう胸をなでおろし、僅かに緊張していた空気が弛緩した時だった。
頭を上げたクルヤがテミスを見据えてそう言葉を続けると、再び場の空気がピシリと音を立てて凍り付く。
このクルヤの突飛な発言は、流石のヤタロウを以ても予測できなかったらしく、音も無く目を剥いたテミスがチラリと彼の様子を盗み見ると、ヤタロウもまた穏やかな笑みを引き攣らせて言葉を失っていた。
「不幸なことに、僕たちの出会いは最悪だった。けれど、こうして巡り合えたのも何かの縁だろう。勿論、お金は言い値で支払おう。仲直りの証みたいなものさ。……そうだ! 店の皆も今日は僕たちがご馳走しよう。迷惑をかけたお詫びさ」
「おぉ……っ!!」
「流石クルヤ……お前は何と良い奴なんだ……ッ!!」
だが、クルヤは朗々と更に言葉を重ねると、自分へと向けられる冷ややかな視線をものともせず、朗々と歌うようにそう言葉を締めくくる。
その傍らでは、彼の仲間達が胸を打たれたかのように感動しており、そこには一瞬にしてテミス達の理解が及ばない、彼等だけの世界が構築されていた。
「……ぬけぬけとよくもまあ馬鹿な事を囀れたものだな」
「――ッ!!!!」
「いけないッ……!!」
茶番はもう飽き飽きだ。
テミスは自らの内側で、ブチリ……。と何かが切れる音を聞くと、怒りで震える声で囁くように言葉を返す。
同時に、固く拳を握り締めてゆらりと立ち上がると、事態を察したフリーディア達が鋭く息を呑み、弾かれたように動き出した。
「折角皆が纏めた場だ。黙って消えるのならば見逃してやろうと思っていたが……。そんな気紛れもたった今、消え失せたわ……」
「テミス待ってッ!! あなた達は早く行きなさいッ!! もうこんな馬鹿な真似をしないように!! 良いわねッ!!」
「チィッ……離せッ……!! 邪魔をするなフリーディアッ!!」
「なっ……何故ッ……うわっ……!?」
「良いから早く行けってのッ!! 今度こそ殺されるぞッ!!」
「私たちでもいつまでも止めてはおけません!! 早くッ!!」
怒りに突き動かされ、テミスは固く握り締めた拳をクルヤへと叩き込むべく振りかぶるが、即応したフリーディアがその腕を掴んで止め、鋭く叫びを上げる。
だが、クルヤ達はそれでも事態を呑み込めていないらしく問いを発するが、慌てふためくバニサスやシズク達の手によって、追い出されるようにして店から押し出されていったのだった。




