1372話 燻る怒り
「さて……と。ひとまずは血が流れるような事態は避けられたが……。当然、このまま楽しくお食事会……って訳にゃぁいかねぇわな」
バニサスは手にしていた槍をクルリと一回転させて背へと納めると、パンと手を叩いて場をまとめるべく口を開く。
だが、武器こそ手放したものの、テミスは未だに冒険者たちを睨み続けており、バニサスは言葉に微かなため息を混じらせながら肩を竦めた。
「当然だ。よくぞまぁこの私の前でアリーシャを恫喝してくれたな。本来ならば、即座にその首を叩き落としてやるところではあるが……どうやらお前達は運が良いらしい」
「っ……!! 運が良いだって? 冗談じゃない。散々だ! まともに頼んだ食事も出て来やしないし、不当な扱いに抗っただけでコレだ!」
「そうよ。私たちはただ、あなた達と同じ食事を出して欲しかっただけ。お金だって払う準備はあったわ」
吐き捨てるように言い放ったテミスに、シズクとバニサスに止められた女たちは、こちらの言に一切耳を貸すような素振りを見せず、口々に反論を返した。
しかし、騎士風の女だけは完全に恐怖で腰が抜けてしまったらしく、床の上に座り込んだまま虚空へと視線を泳がせている。
このままでは話は平行線。警邏の連中を呼び寄せて牢にでもぶち込むか、町の外へと叩き出すしか方法は無い。
収まらぬ怒りが腹の底でふつふつと煮え滾る中で、テミスは努めて冷静に現状を整理すると、頭の片隅でひとまずの結論を導き出した。
その時。
「まぁまぁ……二人とも落ち着いて。イメルダも……ほら、大丈夫? 立てる? 経緯はどうあれ、騒ぎになってしまったのは事実なんだし、一旦話を聞いてみないと」
「…………」
これまで、怒り狂う女たちの後ろで一人、おろおろと慌てる素振りを見せながらも様子を眺めていた男が進み出ると、尻もちをついていた騎士風の女に手を貸しながら話へと入ってきた。
けれど、その口ぶりにはまるで罪の意識や反省の意図は含まれておらず、むしろ本質的には自分達が正しいと定めている思考すら見え隠れしている。
無論。そんな輩をテミスが見逃す筈もなく、テミスは反論した女たちへと向けていた鋭い視線をギラリと男へ向けて口を開く。
「おい。今更しゃしゃり出てきてその言い分、いったいどういう了見だ? そもそも――っ!」
「ちょっと貴女は黙っていてッ! そうよ。そちらの彼が言う通り、私たちの間には行き違いがあるわ。だから、お互いに話し合わないと」
責めるような口調で言葉を紡ぎ始めたテミスだったが、途中で傍らのフリーディアが脇腹を軽く突いて強引に黙らせると、場を落ち着けるべく話を先へと進めた。
「ま……そもそもの話、アレはそこのテミスちゃん等が狩ってきたモンだ。その大半をギルドに卸さずにいてくれたからこそ、何処ぞの大金持ちに買われるでもなく、俺達みたいなのでも食えるようになってるんだがな」
「なっ……!?」
「っ……!?」
剣呑な雰囲気の中、ひとまず彼等が陣取っていた席へと腰を落ち着けるべく場を整えている傍ら、空いている席から椅子を調達してきたバニサスが、チラリとテミスへ視線を送りながら嘯きを零す。
すると、相対していた女たちは揃ってピクリと肩を跳ねさせ、驚愕の面持ちをテミスへと向ける。
だがそれでも尚、男だけはへらへらと締まりのない笑みを浮かべているだけで。
テミスは視界の片隅に映るその軽薄な笑顔に、言い知れぬ苛立ちを覚えていた。
「馬鹿なッ……!! お前……いや、貴女が……あの……?」
「……道理で強い筈ね。見た目に騙されたわ、まるで普通の女の子じゃない」
「へぇ……アンタが……」
しかしそれも、席に着くなりに身を乗り出して詰め寄ってくる女たちの所為で視界の外へと消え、テミスは女たちの言葉に応ずるべく唇をニヤリと吊り上げて薄い笑みを形作る。
「なんだ……今更気が付いたのか。だが、気やすく話しかけてくれるな。正直今でもこうして堪えているのが精一杯でね、その鼻面に拳を叩き込んでやりたくて溜まらないんだ」
「なっ……!!」
「何よそれ!! というか、この町を治める人として、こんなやり方はどうかと思うけれどッ!?」
「人と魔族は平等でも、旅人や他から来た人たちを虐げているようではまだまだね」
「チッ……ギャンギャンギャンギャンと喧しいな……。いっその事、永遠に黙らせてやろうか……?」
テミスは低い声で警告するが、女たちも怒りが収まり切ってはいないらしく、即座に声高に抗議を始めた。
そんな女たちに、テミスが再び怒りを滲ませた声色で言葉を紡ぎながら、立ち上がろうと脚に力を籠めかけた時だった。
「まぁ待つんだ。お互いにね。ここは僕が、平等に間を持って話を進めていくとしよう。構わないね?」
突如としてヤタロウが穏やかな声で割って入ると、楽し気な笑顔と共にテミスへと視線を向けて問いかけたのだった。




