幕間 ファントの要
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
「フム……」
ファントの執務室。いつもはテミスが使っている席に座りながら、ルギウスは息を漏らした。
「やはり……この町にとって彼女の存在は欠かせないようだね」
そう言って傍らに視線を投げると、そこには先日町へ帰投したばかりのマグヌスの姿があった。
「ハッ……テミス様はあまりご自覚が無いようですが……間違いないかと」
「フフッ……そうだね。確かに、このやり方であれば直接の問題は無いのかもしれない」
ルギウスは笑顔を浮かべて頷くと、机に積まれた書類へと視線を流す。一応、全ての業務はこなしているが、戻ってから確認する事は彼女の性格を鑑みれば容易だ。ならば、わざわざ探す必要が無いように、こうしてまとめておくのが良いだろう。
「けれど……」
ルギウスは言葉を続けると、まるでテミスがするかのように窓の外へと視線を向けた。
そこでは、いつもと変わらない平和なファントが日常を刻んでおり、最前線とは思えない程にのどかな風景が広がっている。
しかし、ルギウスは目を細めると、少しだけ悔しそうに口を開いた。
「同じ軍団長でも、やはりこの町の主は彼女しか居ないんだね……」
「ルギウス様……」
「いや、ごめんよ。良いんだ……当たり前の事だからね」
その姿にマグヌスが口ごもると、ルギウスは朗らかな笑みを浮かべて機先を制した。
この町の精神的支柱は彼女なのだ。その証拠に、商会から上がってくる報告書の売り上げは下がっており、町を守る衛兵たちの表情も厳しい。
たとえこれは、同等以上の戦力を持つ者が駐留していたとしても変わらないのだろう。それほどまでにテミスは、この町の住人の心を捕らえていた。
「……その期待が、君を壊さなければいいが……」
マグヌスが職務へ戻るのを眺めながら、ルギウスはボソリと呟いた。
過度な期待を受けた英雄が応えきれず、民衆自身に殺されるなんて話はよくある事だ。それほどまでに衆愚と言うのは恐ろしく、同時に期待を背負う者を圧し潰す。
「それを知っているからこそ、君はその輪から外れようとした……」
手元の書類を弄びながら、ルギウスは複雑な心境で呟いた。
少しばかり彼女の内面を知るルギウスとしては、この判断は正しいと言える。しかし同時に、その在り方はとても歪に見えた。
彼女がこの町を大切に思っているのは火を見るよりも明らかだ。しかし、対価を求めずに護り、慈しみ、育む。その対象すら遠ざけてしまえる彼女の孤独な強さは、例えようも無く脆い物だとルギウスは知っている。
「だから、こうして僕や彼等が居る訳だけど……君がそれに気付くのはいつになるのかな?」
ルギウスは意地の悪い笑みを浮かべると、脳裏でその瞬間を思い浮かべる。
どうせ不器用な彼女の事だ……折れる寸前まで気が付く事は無いのだろう。けれど、挫けそうになったその瞬間に、ボロボロの彼女に手を差し伸べる。するときっと、彼女は普段の凛とした態度からは想像もつかない程に儚く、しおらしい態度で感激するのだろう。
「フフ……だからこそ君は……面白い……」
口角を上げたルギウスはそう呟くと、上機嫌に鼻歌を口ずさみながら新たな書類を手に取ったのだった。