1368話 最高のもてなし
テミスが異変に気が付いたのは、着替えを済ませてヤタロウ達の元へと合流すべくホールへと足を踏み入れた時の事だった。
店の中は相変わらず騒がしくはあるものの、そこには平穏を象徴するような賑やかさだけではなく、一抹の雑音が混じっている。
「…………っ!」
一言で言い表すのなら、下品。
その元凶は、テミスが部屋へと戻る前には居なかった一団。格好から察するに冒険者一行なのだろうが、男一人に女四人と珍しい組み合わせの一団は、店の中央に位置するテーブルを陣取っている。
彼等は店員であるアリーシャを怒鳴り付けたり、他の客に絡んだりという迷惑行為には確かに及んでいない。だが、人目を憚ることのない彼等のやり取りは、賑やかで騒がしい平穏な夜の空気を押し退けており、そこには明らかな不快感が鎮座していた。
「……何だ? あいつ等は」
テミスはそんな一行を視界の端に収めながらヤタロウ達の元へと歩み寄ると、席に着いて早々に訝し気に問いかける。
あれだけ目立つ連中だ。この場で意図してやっていない限り、ごく最近この町へ訪れた流れ者だろう。
「わからないわ? 見ない顔だけれど……たぶん装備からして冒険者……よね」
「そうだろうね。前衛に騎士と剣士、後衛はあの魔術師かな? となると、男は斥候役もしくは中衛での遊撃役。連れている子どもは荷物持ち……だろうか。剣士の子の連れかもしれないね、この辺りでエルフ族は珍しいから」
「あの騎士は兎も角、剣士の方は相当な手練れですよ。身体捌きから見て間違いありません」
すると、フリーディア達は即座にテミスの問いに各々の主観を答えながら、さり気なく彼等の様子を窺った。その頬には既に、先程まで浮かんでいた筈の紅はさしておらず、全員がすっかりと酔いの醒めた表情を浮かべている。
「それにしても……連中、店を間違えてやいないか? 幼子を連れているというのに痴話喧嘩とは恐れ入る。男の方もへらへらと笑っていないで、責任を持ってサッサと止めれば良いものを」
「ふふ……案外、自分を取り合っている女の子たちの姿を自慢したいのかもよ?」
「うわぁ……なんですかそれ……。最悪です」
「その辺り、ヤタロウさんとしてはどう思います? 同じ男性の感覚として、ですが」
「ははっ……! 参ったね。どう答えるべきか……」
テミスが席を外している間に、フリーディア達は存外親睦を深め合っていたらしい。
悪戯っぽい笑みを浮かべたフリーディアが水を向けると、ヤタロウはからからと笑い声をあげながら視線を宙に彷徨わせたあと、苦笑いと共に口を開いた。
「そうだね……あくまでも想像に過ぎないけれど、冒険者という立場を考えるのなら、そう言った意味合いもあるかもしれない。強さや裕福さを誇示するのと同義だからね。けれど、その分同業者からのやっかみは受けるだろうし、僕には悪手に見えるかな」
「確かに。私とテミスの二人でも絡まれたもの。あんな調子じゃ敵は多そうだわ」
「逆に言えば、そう言った連中を一蹴できる程度には実力があるという事だろうが……」
ヤタロウは意地の悪いフリーディアの問いを上手く躱すのを見届けた後、テミスは口元を僅かに歪めて低い声で言葉を重ねる。
テミスの本心としては、彼等の行動が目障りであろうと、目を見張るほどの実力者であろうとどうでも良かった。
願う事はただ一つ。この店と、ファントの町に迷惑をかけなければそれでいい。
胸の中で燻る苛立ちを抑えながら、テミスが胸の中でそう呟いた時だった。
「お待ったせしましたぁ~!! はいこれ! ご注文のエールです! あとは……こちらッ!!」
満面の笑顔と共に食事を運んできたアリーシャが、底抜けに明るい声をあげながら、テミス達の机にジョッキを並べた。
そして、期待を持たせるように勿体を付けた後、じゅうじゅうと肉汁の迸るステーキの皿が、各々の前へと差し出される。
「っ……!!」
「おぉ……!! この艶やかな肉汁に濃厚で芳醇な香り……!! この肉はまさかッ……!?」
「ッ……!! ッ……!?」
その瞬間、フリーディアの肩がピクリと揺れ動き、シズクは座ったままそわそわと身体を動かし始めた。ヤタロウに至っては、歓声と共に目を輝かせ、今にもむしゃぶりつかんばかりの視線を卓上の肉へと向けていた。
「せいか~いッ!! エビルオルクのステーキです! エールはテミスを借りちゃった私からのお詫びで、ステーキはテミスからのプレゼントですよっ!」
「やはりッ……!! い、良いのかい? こんな素晴らしいものをご馳走になってしまっても……!! しかもエールまでッ……!!」
「……テミスらしいわね。まぁ、出してくるとは思っていたけれど」
にこやかに告げたアリーシャの言葉に、ヤタロウは興奮した声でテミスへと問いかける。
その傍らでは、涼やかな笑みを浮かべたフリーディアが、その態度とは裏腹に素早くナイフとフォークを掴んでおり、それに倣ったシズクは、まるで好餌を前に『待て』と命令された仔犬のように目を輝かせていた。
「クス……歓迎すると言っただろう? 当然の事さ。存分に楽しんでくれ」
そんなヤタロウ達に、テミスは楽し気な笑みを零してそう告げると、自らも食事にありつくべくナイフとフォークへ手を伸ばしたのだった。




