1361話 騒々しき会談
「馬ッッッッ鹿ッじゃないのッ!!? テミス貴女ッ!! 今の彼女をここへ連れてきたら、先方の心証をどれだけ損なうかッ……!! これ以上話をややこしくしないでッ!!」
テミスの命を受けたサキュドが颯爽と部屋を後にした直後。
一拍遅れて、フリーディアの甲高い叫び声が部屋中に響き渡った。
その剣幕は、真っ向から向けられたテミスは勿論の事、ただ傍らで見ていただけのヤタロウ達ですら気圧されてしまうほどで。
テミスとフリーディアを除く同じ部屋の中に居た者達は皆、呆気に取られてただその様子を見守る事しかできなかった。
「というか何でッ!! しかも今回に限ってッ!! 他国へ書状を送るというのに、私に一言も無いのかしらッ!? だからこんな誤解を生むのよッ!!」
「っ~~~~!!! 誰が馬鹿だ誰がッ!! それに、いちいち友人へと宛てた手紙にまでお前に口出しをされる謂れなど無いッ!!」
「あ・な・た・が……よッ!!! いま確認させて貰ったけれど、読んでいて眩暈がしたわよッ!! こんなものを送り付けるなんてどうかしているわッ!!」
「どうかしているのはお前の方だフリーディアッ!! いつもの博愛精神は何処へ消え失せたッ!! 彼女はヤタロウの家族だぞッ!? 一刻も早く報せてやるのが人情というものだろうッ!!」
フリーディアの叫びに応じたテミスの怒号がビリビリと部屋の空気を震わせ、瞬く間に二人の口論は熱を帯びていく。
しかし、仮にもこの場は他国の王であるヤタロウの前。
外交の場としてはこれ以上ない程の痴態を前に、当然ヤタロウの護衛として付き従ってきた兵が良い顔をする筈もなく、ギルファー側の護衛の一人として肩を並べるシズクも、堪え切れず苦笑いを浮かべていた。
だが。
「フッ……ククッ……アッハッハッハッハッハッハッ!!!!」
「――ッ!!?」
「……?」
テミスとフリーディアが喧々囂々と気炎を燃やす中。
突然。まるで堰を切ったように、大きな笑い声が混じった。
それは、先程まで唖然とした表情を浮かべてその様子を眺めていたヤタロウが発したもので。
しかし気付けば、ヤタロウは腰を落ち着けた椅子の上で身を捩り、腹を抱えて爆笑していた。
「ははははははッ!!! そうだ……そうだったね君って人はッ……!! ふ……くくくく……ッ!! 駄目だ……笑い過ぎて腹が……ッ!!」
その笑い声に、流石のテミスとフリーディアも口論を止めて動きを止め、二人揃って驚きの表情を浮かべて視線をヤタロウへと向ける。
「ふふふっ……!! あ~……面白い。そうかそうか……王としての私ではなく、友へ宛てた手紙か。ごめんよテミス。どうやら僕は酷い勘違いをしていたみたいだ」
その視線を受けたヤタロウは、これまでのピリピリとした態度を一変させ、獣人族を統べる王とは思えない、砕けた口調で言葉を紡いだ。
同時に、テミス達へと向けられていた視線も柔らかなものへと変わり、真一文字に結ばれていた唇も、今や気負いのない笑みを形作っている。
「それにしても、二人は仲が良いんだね? こう言っては何だけれど、まるで姉妹みたいだ」
「ッ……!! 誰がこんな大馬鹿とッ!!」
「ッ……!? 止めて下さいテミスなんかとッ!!」
「何だとッ!?」
「何ですってッ!?」
目尻に浮かんだ涙を拭いながらヤタロウがそう言葉を続けると、二人は声を揃えて異を唱えた後、再び声を揃えて互いに睨み合う。
そんなテミスとフリーディアの動きは、皮肉にもぴったりと息が合っていて。
ヤタロウは再び込み上げてきた爆笑の渦を、必死で腹の奥へと押し戻していた。
「ぶふッ……クククッ……!! いや……失礼……。僕が言うのも何だけれど、いったん話を戻そう。さっきまで僕は、捕えた妹たちを返す対価に、何を要求されるのかと警戒していたのさ。けれど……」
「……対価だと? 何故お前にそんなものを求めなければならんのだ。我々は友好を結んだのではなかったのか? 強いて言うのなら、いつまでも泊めておけないからさっさと連れ帰ってくれ。だ」
「と……いう意味だった訳だ……。けれど……良いのかい? 紛いなりにも、ヤヤ達は君の命を狙ったんだ。君が良くても、ファントとしては――」
「――口出しはさせん。お前の妹……ヤヤには私の命を狙うに足る理由と権利がある。そう言ったはずだぞ、フリーディア」
盛大に横道へと逸れていく話を、ヤタロウは半ば無理矢理に元へ戻すと、一つづつ確認をするかのように丁寧に言葉を重ねていく。
それに応じて、テミスも簡潔に自らの主張を口に出し、ヤタロウがフリーディアへと視線を送りながら投げかけた問いにも、機先を制して答えを返した。
「はぁ……わかっているわよ。ヤタロウ陛下、お恥ずかしい姿をお見せしてしまい申し訳ありません。テミスの決定は、我等ファント総意でございます」
それに続いて、我を取り戻したフリーディアはヤタロウへ向けて深々と頭を下げると、ヤタロウの問いに答えを返したのだった。




