幕間 楽しい野営
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
目の前の焚火はパチパチと楽し気な音を立て、暖かな光と空気を周囲に送り出していた。
「テミス様……天幕の設営が完了いたしました」
「ん。ご苦労」
マグヌスは焚火の横に腰掛けたテミスに駆け寄ると、びしりと敬礼して報告をする。天幕の設営くらい私もやると言ったのだが、部隊の連中は頑として首を横に振るだけだった。
「キャンプのようだと少し心躍ったのだがな……」
「は……キャン……プ……でありますか?」
テミスが少し寂し気に呟くと、焚火の光を受けてチロチロと揺らめくマグヌスが首をかしげた。
「んや……独り言だ……それにしても、よくこんな場所があったものだな?」
「えぇ。正直、私も驚きました。部隊の皆も喜んでおります」
「だろうな……」
テミスはマグヌスにそう返すと、僅かに微笑みながら周囲を見渡した。
周囲を深い木々に囲まれたこの場所は、寂れた街道を少しだけ外れた場所にひっそりと存在していた。まるで整備でもされたかのように開けたこの広場は、立ち並んだ天幕のお陰でちょっとした集落のようになっていた。
「テミス様っ!」
「……何だ?」
テミスがかつての記憶に浸っていると、天幕の向こう側から駆けて来たハルリトがマグヌスの横で立ち止まって敬礼をする。
「近くの水源……この広場の端を流れる小さな川なのですが……」
「何か問題が……?」
「いえっ! 水質は良好。飲食にも問題は無いかと。ただ、水を汲んだ際に多数の魚影を見かけまして……」
「魚影……?」
もにょもにょと口ごもるハルリトに、テミスは眉をひそめて首をかしげた。いまいち、ハルリトの報告が要領を得ない。水に問題が無いのならば報告する必要は無いし、川があるのも、そこに魚が居るのもケンシンから聞いている。
そして奴の報告通り、まるで整備されたキャンプ場のように快適な野営地だったわけだが。
「はい。それで……釣りをする許可を戴きたいのです」
テミスの言葉に頷くと、再び口を開いたハルリトが意を決したように口に出した。
「ハルリト……お前なぁ……幾らテミス様がお優しいとはいえ、今が任務中であると弁えろ」
「しっ……しかしっ!」
「ん、いいぞ。許可する」
「テミス様っ……よろしいのですか?」
テミスが言葉を発する前に、マグヌスがため息交じりに窘める。しかしテミスはそれを無視して首を縦に振った。
「ああ。工程上我々が所持している物資はギリギリしか無い。私が抜けた後の帰路では町に立ち寄っての補給が困難な事を考えると、食料を現地で調達するのは好ましい」
「ですがテミス様……それでは食料の配布に差が出てしまいます。今からハルリト一人で人数分の魚を捕らえるのは難しいかと……」
「そうか。ならマグヌス。お前が手伝ってやれ」
「はっ……? 私が……ですか?」
テミスが軽く言い放つと、マグヌスは面食らったように自分の顔を指差した。
「ああ。それでも人数が足りないのなら、希望者を募って連れていくことを許可する」
「し、しかしそれでは歩哨や食事の準備をする者がッ……」
発案者であるハルリトを置いてきぼりにして、テミスとマグヌスの間で話が進められていく。意見を聞くに、マグヌスとしては防衛に重きを置きたいようだが、正直それは無駄という物だ。
「いいか? よく聞けマグヌス。地理を良く見ろ」
「地理……でありますか?」
テミスはそう告げると、マグヌスの前にケンシンから受け取った地図を開いて見せる。
「我々の現在位置はここだ。そして、近くにある街道がこれ……そして、その隣にはもう1つ町を経由する大きな街道が設えられているな?」
テミスは地図を指差しながら、懇切丁寧にかみ砕いてマグヌスへと語り掛けた。
そう。この真横を走る街道は廃道に近いのだ。道幅も細く、町を避ける形でもう一つの街道と並走するこの道は、お世辞にも利便性が高いとは言えない。恐らくこの場所も、以前に商隊か何かが作ったものなのだろう。
「つまり、無駄に歩哨などを出して兵を疲弊させるくらいならば、食料調達をさせた方が良いという物だ」
「ですが……」
「安心しろ。守りを廃すると言う訳では無い。敵地で過敏になる気持ちは分からんでもないが、そう張り詰めていては持たんぞ?」
テミスはそう締めくくってマグヌスに笑いかけると、傍らの小枝を焚火の中へと投げ込んだ。できれば湯でも沸かしてコーヒーでも飲みたいところだが、生憎荷物の中にコーヒーは無かった。
「っ……失礼しましたっ! ではこのマグヌス、食いきれぬほどの魚を捕まえて見せましょうっ!」
「ククッ……まぁ、期待しているぞ」
「ハッ! それでは、失礼します! ハルリト、行くぞッ!」
「は……はいっ! 失礼いたしますッ!」
マグヌスが傍らのハルリトを突いて立ち去ると、テミスは目を細めて笑ながらその背を見送った。いつの日か、訓練と称してキャンプを楽しむのも悪くないかもしれない。
「それにしても……」
再び一人になったテミスは、頭上に広がる満天の星空を見上げると、ため息とともにぽつりと言葉を零す。
「こうも平和だと……カレーが食いたくなるな……」
テミスの呟きが空へと吸い込まれると同時に、天幕の方から歓声が上がった。恐らくマグヌス達が希望者を募ったのだろうが……。
「今日の所は、焼き魚かね……」
テミスは頬を緩めてそう呟くと、ナイフを手に取って手ごろな枝の皮を剥き始めたのだった。