幕間 英雄に憧れて
ガラガラガラとけたたましい音を奏でながら、一台の粗末な馬車が街道を疾駆する。
尤も、街道とはいっても主要な町を繋ぐ大きな街道からは外れているこの道は名ばかりのもので、長い年月と共に馬車や人の足によって踏み固められ、均された地面が、自然とその役割を果たしているだけなのだが。
そんな悪路と呼ぶべき道を行くには、ただの年季が入った荷台を馬に牽かせているだけの馬車では少しばかり荷が重く、馬車は酷い揺れと共に時折ギシギシミシミシと嫌な音を響かせていた。
「店主殿。気持ちは理解できるが、少し速度を落とした方が良い。ここで焦って足を失えば、我々の到着はずっと遅くなってしまう」
「っ~~~~!!! だ、大丈夫でさぁ!! この道は若けぇ頃からずっと馬車を走らせてるんだ。勘所はわかってます!! 任せてくだせぇ!!」
「…………」
その馬車の荷台に乗り込んだヴァイセがたまらずに声を掛けるが、店主が助言を聞き入れる事は無く、馬車は速度を落とす事無く村へ向けて駆け抜けていく。
「チ……」
完全に頭に血が上っている。これでは何を言おうと、聞き入れる事は無いだろう。
僅かに言葉を交わしただけでそう判断したヴァイセは小さく舌打ちをすると、静かに前を見据えながら馬車の縁を掴んだ。
ただでさえ、明らかに過積載な人数の人間を乗せているのだ。それだけでも馬車にかかる負担は相当なものだろう。
加えて、今向かっている村は盗賊の襲撃を受けている。つまり、運よく村から逃げ出す事の出来た者が、飛び出してくる可能性もある。
だが、そんな事実や可能性にさえも気付けない程に、今の店主は焦りに満ちているのだろう。
「ハッ……坊主。早速泣き言か? 情けねぇ……。なんでも、あのファントの兵士様なんだろう? この程度の馬車酔いで使い物になりませんとか勘弁してくれよ?」
「ッ……!!!」
ギャハハハハ。と。
そんなヴァイセを見て、馬車に同情した冒険者の中でも一際体格の良い男が皮肉気に口を挟むと、周囲の冒険者たちも揃って笑い声をあげる。
しかし、ヴァイセは湧き上がる怒りを腹の奥に深く飲み込むと、冷ややかに男を睨み返して口を開いた。
「そう心配せずとも、馬車に酔ってようが酒に呑まれていようが、お前のような三下如き足元にも及ばねぇよ」
「ンだとォッ!? テメェ……舐めた口を――ッ!!」
「――止せ。クク……言うじゃねぇか坊主。見たところ、身体つきはヒョロッこいし育ちも良さそうだ。一端の口を利くのは構わねぇが、大した修羅場も潜ってねぇガキの御守は俺達の仕事じゃねぇ。到着したら、お前等は後ろで村の連中の救助でもしてるんだな」
「ハッ……!!」
ヴァイセの返した言葉に、男の取り巻きらしい若い冒険者が気炎を上げるが、男は不敵な笑みと共に若い冒険者を止めると、きっぱりとした口調でそう断言した。
だが、ヴァイセは男の言葉を鼻で嗤い飛ばすと、酷く揺れる馬車の中でゆらりと立ち上がり、凶悪な笑みを浮かべる。
この男、言葉遣いこそ野蛮で粗野極まりない。けれども、自分達を足手まといと評しながらも、後方支援という役割を回してくるあたり、悪い奴ではないのだろう。
そう胸の中で男を評価しながら、ヴァイセは静かに手刀の形を取った右手を胸の前へと持ち上げ、自らの力を集中させていく。
そして。
「セァッ!!! ラァッ!!!」
「――ッ!!!? 何ッ……!! を……ッ!!?」
ヴァイセは気合の籠った声と共に構えた腕を振るい、馬車の前方左右へ向けて風に刃を放つ。
瞬間。
そんなヴァイセの動きに即応した男が、馬車の上で防御の姿勢を取っていたが、自らの身に何も起こっていない事を認識すると、驚きの抜けきらない表情でヴァイセを見上げた。
「テメェッ!! 今、何をしやがッ――ガァッ!!?」
直後。
数拍遅れて若い男が武器を抜きかけるが、瞬時に動いたヴァイセはそのまま男を馬車の床へと押し付けると、同乗する冒険者たちを睨み付けると、ドスの効いた低い声で口を開く。
「賊の見張りにも気付けねぇ奴が偉そうなコト抜かしてんじゃねぇ。お前達こそ、黒銀騎団舐めんなよ? こちとら何度も死ぬ思いで戦場出てンだ、この程度の修羅場……テミス様と相対した時に比べりゃ屁でもねぇッ!!」
「なっ……!!? お、お前ぇ……」
「村の外縁が見えたぞッ!! 総員、突入準備ッ!! 先陣は俺達で切るッ!! 相手は村の平和を脅かす無法の輩だ! 遠慮など要らねぇ! 叩き潰すぞ! 我に続けェッ!!」
そんなヴァイセに、男は驚愕の表情を浮かべて目を見開いて声を漏らすが、ヴァイセは自分が言いたい事だけを叩きつけるように告げると、素早く身を翻して馬車の縁へと足をかける。
そして、驚く冒険者たちを置き去りにするかのように、猛々しく何処かテミスに似た口上を吠えたのだった。




