幕間 盟友の休暇
ファントの町に設えられた病院には日々、助けを求める多くの人々がその門を叩く。
訪れる人々は多岐に渡り、人間も魔族も、市井の人々から兵士まで等しく受け入れるこの施設は、今日も今日とて盛況を博している。
そんな病院の一角。
他の患者たちとは同室にはできない、一部の特別な患者のみにあてがわれる特別な病室で、隣町であるラズールを治める軍団長・ルギウスはのんびりとした時間を過ごしていた。
「本当に……良い町だ……」
開いた窓から吹き込んでくる風を受けて目を細めながら、ルギウスは噛み締めるように呟きを漏らす。
テミスの手配してくれた手厚い治療のお陰で、先日ようやく体を起こす事ができる程度までには回復した。
けれど、彼女から受けた傷は予想以上に深いらしく、歩いたり走ったりといった事はまだできそうにない。
「本当なら、暇に殺されている所だったのかも知れないね」
クスリと上機嫌な笑みを浮かべてひとりごちると、ルギウスは窓から聞こえてくる町の音へと耳を澄ませた。
そこから聞こえてくるのは、活気に溢れた人々や、この病院を訪ねてくる患者たちの声。
本来ならば聞き取れようはずもないこの雑踏も、魔法に長けたルギウスの手にかかれば一瞬で情報の宝庫と化す。
「へぇ……? たった二人でエビルオルクを? 相変わらず無茶苦茶だね、君は」
次々に耳へと飛び込んで来る噂話を聞きながら、ルギウスは話題の主となっているここには居ない友の顔を思い浮かべて語り掛けた。
彼女とて、ここへ担ぎこまれた時には、自分とそう変わらない程の重症を負っていた筈だ。
だというのに、あっという間に傷を癒してこの病室を出て行ったかと思えば、既に暴れ回っているらしい。
「とんでもない回復力だ。とても人間だとは思えない。流石……と言うべきなのかな?」
ルギウスはテミスの戦う姿を思い描きながら、起こしていたその身をベッドへと横たえると、クスリと愉し気な笑みを浮かべた。
人間よりも遥かに強靭な肉体を持つはずの自分でさえこの有様なのだ。彼女が何かをしているのは間違いないだろう。
けれど、彼女はあまり自分の事を語りたがらない。友としては、今更そんな事を聞く方が無粋というものだ。
勿論、興味が無いと言えば嘘にはなるが、こうして常識などという枷を易々と引き千切り、摂理や道理を蹂躙する彼女を眺めているだけでも、好奇心は十二分に満たされていく。
「さぁ……次はどんな面白い事をしてくれるのかな? 願わくば今度は敵じゃなくて、君と共に肩を並べていたいものだね」
敵として全力で相対するのもとても面白かった。けれどやはり、あの滅茶苦茶な無茶を傍らで眺めながら、共に駆ける方がずっと面白い。
これまでテミスと過ごした時を思い返すと、ルギウスは一人涼やかな笑みを浮かべると、堪え切れぬ昂りの混じった声でそう呟いたのだった。




