1358話 傍らの友、遠き心
ロンヴァルディア。
あの女神モドキの支援を受けている国の一つであり、人間国家の最前線で永く、ギルティア率いる魔王軍と鎬を削り続けてきた国だ。
フリーディア曰く、今は表舞台に一切姿を現す事の無い国王も、かつては精力的に自らに課された王たる役割を果たし、国を導いていたという。
「私がまだ、小さかった頃の話よ。お父様はいつもいつも忙しそうで、仕事ばかりで構って貰えない昔の私は、それがすごく嫌だったのをよく覚えているわ」
「フ……子供とはそういうものさ」
「そうね。今なら、あの時のお父様がいかに頑張っていたのかがわかるもの。ほんの少しの短い時間だけれど、執務の間を縫って逢いに来てくれた時にはいつも、勉強は進んでいるのか? とか、剣の稽古はどうだ? とかばっかりだったけれどね」
「ハハ……どうして父親という生き物はこうも話題が似通るのだろうな」
視線を虚空へと彷徨わせながら語るフリーディアに、テミスもまた己の過去を思い返しながら相槌を打つ。
無論。女神を自称する何者かの手によってこの世界へと流れ着いたテミスに身寄りなど無い。
だが、かつての世界。
遥かな記憶の中にのみ存在する今とは異なる幼き頃の自分には、確かに父母が存在していた。
しかし酷く面白い事に、どうやら父親が子供にかける言葉というのは、世界を隔てた程度では変わらないらしい。
かつての父も、口を開けば勉強をしろだの、良い成績を残せだのとばかり言っていた気がする。
「っ……!! ふふ……テミスのお父様もそうだったの?」
「――ッ!!!! …………。あぁ、厳格な父だったよ」
ポツリと漏らしたテミスの相槌に、フリーディアはピクリと肩を揺らして驚きの表情を浮かべた後、再び穏やかな笑みを浮かべて問いかけた。
同時にテミスは、自らがフリーディアの昔語りにつられ、つい口を滑らせたことに気付いて鋭く息を呑む。
だが、ただ当たり障りのない問いかけを返しただけで、まるで好奇心など無粋であるとでも物語るかのように柔和な笑みを浮かべ続けるフリーディアに、テミスも口元に穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと答えを返した。
「私のお父様は厳しいというより、ただ忙しいだけだった気がするけれど。ふふっ……だって私に会いに来てくれる時はいつも、綺麗なペンだったり新しい剣だったりとプレゼントをくれたもの」
「クス……愛されているじゃないか」
「あの時の私は、そんなものよりも、お人形とかでお父様と遊びたかったみたいだけれどね」
「可愛らしい我儘じゃないか。……今とは大違いだ」
「揶揄わないで。でも……次第にお父様とは逢えなくなっていったわ。私の所へ来てくれることも無くなって……私が執務室に会いに行っても、そこにお父様は居なかったわ」
「…………」
テミスが皮肉交じりに茶化すと、フリーディアは鼻を鳴らしてピシャリと叩き付けるように言葉を返してから、一転して暗い口調で話を続ける。
「思えばあの頃から、お父様はおかしくなっていったのかもしれない。私が王としてのお父様を見たのは、どうしても一目お父様の姿が見たくて会議に忍び込んだ時が最後だった」
「随分と話が飛んだな。今の所、お前の父と私がどう結び付くのかわからんが……」
「怒っていたのよ。顔を真っ赤にして臣下の人を怒鳴り付けて。さっきのテミスみたいだったわ」
「っ……!!」
「いつも大切にしていた王冠も、力任せに床に叩き付けて……。思えばあの日以来、お父様が執務や公務に携わる事は無くなったわ」
「あぁ……そういう事か……」
話を聞き終えて理解する。
どうやらフリーディアの父であるロンヴァルディア王も、何某かがあって自らの責務に嫌気がさし、全てを投げ打ってしまったのだろう。
そしてその一件は、密かに見ていたフリーディアの心に深いトラウマを刻み付けたらしい。
だからこそ、フリーディアはこんなにもらしくない態度で、淑やかに私のご機嫌伺いにやってきたのだ。
「クク……安心しろ、フリーディア」
「えっ……?」
「この私が、道半ばで投げ出す訳が無いだろう? 確かに腹は立っているさ。あぁ、業腹と言っても良いだろう。だが、それとこれは別の話だ」
「テミス。良かった……私――」
そんなフリーディアを安心させるように、テミスは不敵な笑みを漏らすと、胸を張って力強く言葉を返した。
その言葉に、フリーディアが安堵の笑顔を浮かべかけた時。
「――私はただ、私の正しいと信ずる道を征くだけだ。なに……例え黒銀騎団を追われたとしても、私一人で町を守る方法など幾らでもある」
「ッ……!!!!」
不敵な笑みを浮かべたまま続けられたテミスの言葉に、フリーディアは目を見開いて鋭く息を呑んだ。
しかし、堂々と胸を張って町へと視線を向けていたテミスがそれに気付く事は無く。
肩を並べて町を眺めるテミスとフリーディアの頭上には、雲一つない空に傾き始めたばかりの陽が煌々と輝いていたのだった。
本日の更新で第二十二章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第二十三章がスタートします。
ラズールとの問題も収束し、再び安寧へと向けて歩み始めたファント。
しかしその先で待ち受けていたのは、滞っていたギルファーとの友好に際する様々な準備や、そこへ忍び寄る新たな脅威でした。
自らへと向けられた背負うべき怨嗟、感情という名の決して避け得ぬ敵を前に、テミスはそれでも足を止める事無く前へと進み続けます。
正の感情と負の感情を一身に受けながら歩み行くテミスは何を思うのでしょう。
続きまして、ブックマークをして頂いております710名の方々、そして評価をしていただきました116名の方、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援してくださりありがとうございます。
さて、次章は第二十三章です。
自らへ向けられた怨嗟と共にファントに迫る脅威を斬り払ったテミス。
フリーディアの奔走により、ギルファーを離反した獣人たちや、ヤタロウの妹であるヤヤも手中に収める事に成功しました。
ですが、テミスがのんびりと気を抜くことの出来る安穏と怠惰に塗れた日々はいまだ遠く、まだまだ課題は山積みのようです。
一方で、その後ろには新たな問題も忍び寄ってきていて……? この難局を、テミスはどう切り抜けるのでしょうか?
セイギの味方の狂騒曲第23章。是非ご期待ください!
2023/05/19 棗雪




