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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第22章

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1357話 頂の景色

 重たい足取りで詰め所の屋上へと出たテミスの頬を、ちょうど吹き渡っていった柔らかな風が優しく撫で上げる。

 全く……我ながら何をやっているのだか……。

 胸の中でそう自責しながらテミスは深い溜息を吐くと、眼下に広がる平和な街並みを一望する。

 テミス達がヤヤ達を倒し、ヴァイセ達が村を襲った盗賊を駆逐した今、ファントの町は危機を脱したと言えるだろう。

 故に、既に兵達に無理を強いる厳戒態勢は解かれており、各々が普段の生活へと戻っていっている。

 いつもと変わらない平穏。それは焦がれるほどに望んだところで、簡単に得る事はできない貴重なものだ。

 だが、それを知らぬ者や忘れてしまった者にとっては、平穏な毎日は退屈な日常へと変わり、非日常に刺激を求めはじめる。


「……後悔した所で安寧には戻れん。構わんさ。例え栄光を……名誉を独占する悪辣な支配者と言われたとしても。私は……」


 テミスは胸の中に溜まった、もやもやとした気分を噛み締めながら、町を見下ろしたまま静かにそう呟きを漏らす。

 脅威は去った。被害は無かった。

 この事実よりも重視すべき大切な事柄など無い。

 私は正しい選択をしたはずだ。相対したといえど、殺すべき悪であると断ずることの出来ない敵は、フリーディアの注文通り極力生かしたまま捕らえた。

 ファントの町に迫っていた脅威は潰え、町を護る兵達も危険な戦場へ無駄にその身を晒す事も無かった。

 三方良し。これ以上ない程に極上な結末の筈だ。

 だというのに……。


「何故……こんなにも気分が晴れんのだろうな……?」

「…………」


 コツリ。と。

 テミスが背後から自らへと近付く気配にそう問いかけると、答えの代わりだと言わんばかりに打ち鳴らされた足音が帰ってくる。

 席を外したテミスの様子を見に来たのだろう。

 屋上へと姿を表したフリーディアは、そのまま無言でテミスの隣へと並ぶと、言葉を発する事無く眼下の街並みへと視線を向ける。


「……マグヌスとサキュドは?」

「マグヌスさんなら、彼女が宥めているわ」

「そうか」

「えぇ……」


 しばらくの間沈黙が流れた後、テミスが再びフリーディアへと問いを発すると、今度は即座に、短く簡潔な返答が返ってくる。

 だがそれは、あくまでもただの現状報告で。フリーディアはそれだけ答えて再び口を閉ざすと、怒りを発露させたテミスの事を責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ隣に並び続けた。

 そんな、否定も肯定もしない彼女の存在は不思議と温かく、たった一人で街並みを眺めていた時よりも、幾ばくか胸の内が空いた気すらしてくる。


「ねぇ……テミス……」

「何だ?」

「ひとつだけ、訊いても良いかしら?」

「嫌だ……と言っても聞いてくるのだろう? お前は。勝手にしろ」

「ふふっ……」


 再び訪れた沈黙を、今度はフリーディアの何処か物憂げな感情を漂わせた声が破った。

 同時に、さわさわと吹き抜ける風が二人の髪を舞い上げ、テミス達の間に流れる何処か重たい空気を押し流していく。


「皆の上に立って、人々を導く……いいえ、人々の舵を取る気持ちはどう?」

「…………。お前は私に、喧嘩を売りに来たのか?」

「――ッ!! いいえ!! 違うわっ!! だから……その……。辛い……とか、苦しい……とか……」

「ハンッ……。決まっているだろう。最悪だよ。どいつもこいつも自分勝手に文句ばかりだし、今回の一件など見てみろ! 何の被害も無い最良の結果を出したというのにこの有様だぞ」

「そう……。そう……よね……」


 歯切れ悪く問いかけたフリーディアに、テミスは深々と溜息を吐きながら答える。

 一体コイツは何をしに来たのだろうか。テミスは胸の内でそうぼやくと、何故かしょぼくれたように顔を伏せるフリーディアを横目で眺めた。

 いつものフリーディアならば、ここぞとばかりにぎゃあぎゃあと喧しく喚き立てる所の筈なのだが……。


「さっきのテミス見てから、思い出しちゃったのよ。昔のお父様たちの事」

「っ……!」

「今でこそ、お父様たちは(まつりごと)にはほとんど口を出さずに、ずぅっと遊んでばかりいるけれど、昔はそうじゃなかったわ。臣下人たちと魔王軍との戦いに苦悩したり、色々な国に掛け合って支援金を取り付けたりしていたわ」

「ほぅ……? それは意外だな……。いや……だからこそ……か……」


 ぽつり、ぽつりと語り始めるフリーディアに、テミスは興味深げに息を漏らすと、記憶の中に在るロンヴァルディアの姿を思い返して感想を漏らす。

 人々は統率なく戦いに赴いた兵士を責め立て、貴族や国の上層部には腐敗が蔓延している。それが、テミスの見たロンヴァルディアの姿だった。

 しかし、そんな状態のロンヴァルディアが何故、民を富ませ、確かな兵站を築いている魔王軍とこうも長く戦い続けて来ることができたのか……。

 それは恐らく、かつて精力的に築き上げた確かな土台があったからこそ、テミスの知るような惨状と成り果てても、魔王軍と渡り合う事ができていたのだろう。


「お父様たちも、今のテミスと同じ気持ちだったのかな? テミスもいつかは、お父様たちみたいに皆を見限ってしまうの?」

「…………。その話。もう少し詳しく話してみろ」


 今にも泣きだしてしまいそうな震える声で問いを重ねたフリーディアに、テミスは町へと向けていた視線をゆっくりと向けると、柔らかな、しかし芯のある声で静かに先を促したのだった。

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