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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第22章

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1349話 孤高の血道

 最早戦えるような身体ではない。

 土煙の中から彷徨い出てきたヤヤの姿を見た者たちは全員、安堵に胸を撫で下ろしながらそう断じた。

 それもその筈。

 辛うじて前へと歩みは進めているものの足取りは覚束ず、至る所から血を流すその身体に纏っていた筈の服すらも最早ぼろきれと化し、身に纏わり付く血や泥と見分けが付かない程だった。辛うじて生きているだけ。

 誰が何処から見ても、そう判断する事に不思議はない。

 ヤヤはそれ程まで満身創痍だった。

 だというのに。


「…………」

「テミスッ!?」

「ッ……!」

「ぁ……」


 誰もが戦いの終わりを疑わぬ中でただ一人。

 テミスだけが、まるでヤヤの瞳の中で爛々と輝く闘志に呼応するかのように、彼女へ向けて静かに歩み寄り始めた。

 無論。テミスの傍らに居たフリーディア達がそれに気付かないはずも無く、サキュドは黙したまま主を見守り、シズクは悲痛な眼差しで師の背中を見送る。

 だが、フリーディアは弾かれたようにテミスの後を追ってその肩を掴むと、鬼気迫る声で叫びを上げた。


「待ちなさいッ!! 何処へ行くつもりッ!? もう決着は付いたわッ!!」

「いいや……まだだ」

「そんな訳ないでしょうッ!! 彼女の姿を見てわからないのッ!? もう戦う事なんてできないわッ!! テミスッ……貴女の勝ちよッ!!」

「退いていろ。それはお前が決める事ではない」

「ッ……!!!」


 しかし、テミスは前方のヤヤへ視線を向けたまま冷たくフリーディアの手を振り払い、ゆっくりとした足取りで、一歩、また一歩と歩みを刻む。

 そんなテミスの全身からは、周囲に立っているだけでもチリチリと肌を焦がす程の気迫が漲っており、戦いへ向かう姿勢が虚勢や格好だけで無い事は明白だった。


「――ッ!!! 止まりなさいテミスッ!!! もう一度言うわ……決着は付いている。これ以上の戦いは無駄よ。それでも彼女を殺したいというのなら……私が相手になるわ」

「…………」


 だからこそ。

 フリーディアは一瞬の逡巡の後に自らの剣を抜き放つと、その切っ先をテミスの背へと向けて凛と叫ぶ。

 すると、テミスは言葉こそ返さないものの、ヤヤへと歩み寄る足をピタリと止めた。


「っ……!!!」


 フリーディアの頬を冷や汗が伝い、ドクドクち早鐘を討つ心臓が、全身を駆け巡る血を沸き立たせる。

 この後、どうするかなんて考えてなどいなかった。

 私はテミスの側付き。その背を追い、付き従う役を担う者として、これは最もやってはならない重大な反逆行為だろう。

 けれど、そんな事は覚悟の上だ。

 テミスがこれからやろうとしている事は絶対に間違っている。

 そう確信しているからこそ、フリーディアは自らの身体を衝き動かす信念に従ったのだ。


「アイツッ……!!」

「待って下さい。テミスさんにお任せしましょう。何か……お考えがある筈です」


 そんなフリーディアの背後で、サキュドの煮え滾るような殺気と共に魔力の奔流が迸るが、落ち着いたシズクの声がサキュドを宥めている。

 これで邪魔は入らない。あとは……ひとまずヤヤへと近付くのは止める事ができたけれど、まだ剣を収めてはいないテミスをどうやって説得するかだけど……。

 緊迫した状況の中。

 フリーディアが漸く頭の中で次へと思考を巡らせ始めた時だった。


「勘違いをするな。フリーディア」

「えっ……?」

「戦いの終わりを決めるのは、お前でも……ましてや私でもない。見ろ。奴の目を」

「……。ッ……!!!」


 静かに響いたテミスの声に、フリーディアは視線だけを動かして再びヤヤの姿をその目に収める。

 するとそこには、見るも無残な程の満身創痍なれど、ぎらりと見開かれたその目には未だ煌々と闘志が漲っているヤヤの姿があって。


「ぁ……」


 その姿を見た瞬間。

 フリーディアはテミスの真意を理解すると同時に、ヤヤの発する気迫に呑まれ、テミスの背へと向けていた剣の切っ先を地に付ける。

 まだ戦いは終わっていない。私は負けてなんかいない。邪魔をするなッ!!!

 言葉こそ聞こえないものの、フリーディアには爛々と輝くヤヤの瞳は戦いを止めようとする自分へとそう叫んでいるように見えた。


「これはお前の戦いではなく、私のすべき戦いだ。何が起ころうと手を出すな。私の信念と、奴の誇りに懸けて。水を差す事は断じて許さん」

「っ……!!! ……ッ!!!」


 テミスは再び前へと歩み出しながら、背後で立ち尽くすフリーディアに静かにそう言い残すと、携えていた大剣をゆらりと持ち上げて肩に担いだ。

 そんなテミスの背を、フリーディアは何の言葉も返す事ができないまま、胸の奥から湧き上がる焦げるような苦い想いと共に、ただ見送る事しかできなかったのだった。

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