1348話 不屈なる闘志
ズッ……ドォォォンッ……!!!! と。
周囲の地面すら揺るがす程の轟音が響き渡り、大火事でも起きたかのような量の土煙がもうもうと立ち昇る。
その傍らに、空中でクルリと身を翻したテミスが、長い白銀の髪をたなびかせながら身軽に着地した。
「フゥ……やれやれだ」
「テミスッ!! 貴女今の……!! まさか、殺してしまったの……?」
そこへ、自らの戦いを終え、テミスの戦いを見守っていたフリーディアが足早に駆け寄ると、巨大な土煙へと視線を向けながら、緊張感を帯びた声で問いかける。
「……どうだろうな? とても手を抜いて勝てるような相手では無かった。死んでしまっていたら、ヤタロウには申し訳無いが仕方があるまい」
「ッ……!! 仕方が無いって……!! そんな簡単に……!!」
「噛み付くな鬱陶しい。一歩間違えれば、今頃は私の首が落とされていたかもしれないんだぞ。それに……一応、最後の一撃は新月斬だ。運が良ければ生きてはいるだろうさ」
「テミス……。その……ごめんなさい……。命を懸けて直接戦ったのは貴女だもの、私が横から口を挟む事では……無かったわ」
「…………。フン……」
テミスの反論に、フリーディアは即座に矛を収めると、目を伏せて謝罪を口にした。
以前の彼女であればこの程度の事で止まる事は無く、延々にギャンギャンと喧しくがなり立てていたのだろうが。
だが、だからといって今、フリーディアに告げた事に偽りがある訳では無い。
事実としてヤヤの剣技は達人と呼んで差し支えない程に研ぎ澄まされていたし、策を弄し、全力で相対さなければ間違い無く殺されていた。
「剣技だけで戦えば、万に一つも私に勝ち目は無いだろうな」
「えっ……?」
「お前もだフリーディア。アレは既に人間が一対一で殺り合える域を超えている。例えるならば……そうだな、シズクの速さとリョースの剣技とアンドレアルの怪力を併せ持つ相手だと言えばわかり易いか……」
「……何よその例え。私には全然わからないわ」
胸の中でそう評しながら、テミスがフリーディアに忠告をするが、フリーディアは呆れたような表情を浮かべた後、溜息まじりに首を傾げてみせる。
そういえば、フリーディアの奴は一度もリョースやアンドレアルと戦った事は無かったのだったか……。
「テミス様ッ!! お見事ですッ!!」
「ご無事ですか!? その……月光斬をかなりの数撃たれていたと思いますが……」
そこへ、戦いが終わったのを確かめていたのか、フリーディアに遅れてサキュドとシズクがテミスの元へと駆け付けると、それぞれに口を開きはじめる。
「アンタ……少しはできると思ったけれど見込み違いかしら? あの程度の戦いでテミス様がやられる訳が無いでしょうに」
「そ、そうは言いますけれど……!! 月光斬って結構消耗するんですよ? それなのに、あんなに滅茶苦茶な数を撃って……」
「知ってるわよ!! アタシだって、テミス様から紅月斬の名を頂いたわッ!! そもそも、テミス様を自分と同じかのように推し量るのは、流石に傲慢が過ぎると思うけれど?」
「ッ……!! そ、そんなつもりじゃあ……。あの……えと……テミスさん。ごめんなさい」
テミスの元に到着して早々、先輩風を吹かせたサキュドがシズクを嗜めると、その言葉を真に受けたシズクが酷く申し訳なさそうに肩を落としてテミスへと頭を下げた。
その傍らでは、あまりに素直過ぎるシズクの行動に、当のサキュドは顔を青くしていたのだが。
「フッ……気にするなシズク。その細やかな心遣いは嬉しいよ。だが、心配しなくても良いさ。お前が心配するほど消耗してはいない」
「あっ……! よ、よかった……です!! はい!!」
「そうよ!! テミス様ほどの実力者だもの!! 心配する事は無いって言いたかったのよ!!」
「クス……。サキュド? お前のシズクを歓迎する気持ちは理解しているつもりだが、シズクはあくまでもギルファーの所属だ。やり過ぎるなよ?」
「っ~~~~!!!! は、はいッ!!!」
テミスは、丁度自らの眼前へと差し出されたシズクの頭を優しく撫でると、小さく微笑みを浮かべながら言葉を返す。
するとすぐに、傍らのサキュドが僅かに上ずった声で言い訳を語り始めるが、テミスが釘を刺すように言葉を添えると、すぐにビシリと姿勢を正して返答を返した。
「さて……どうにも厄介な連中に絡まれたが、あとはなんとかヴァイセ達を見つけ出して戻るだけか……」
そんな、騒がしくも心地の良い空気が漂い始めると、テミスは大きく息を吐いて呟きながら、ゆっくりと空へと視線を向けた。
気付けば、いつの間にか立ち込めていた朝靄は晴れ、突き抜けるような蒼空に向けて一本の土煙がそびえ立っている。
だが、次の瞬間。
「ッ……!!! 待ってッ!! テミス!! あれッ!!!」
「……ッ!!」
鋭く息を呑んだフリーディアが叫びを上げ、テミス達もまたその視線を追って土煙の方へと目を向けた。
そこでは丁度、息も絶え絶えで満身創痍となったヤヤが、その両手に刀を握り締めたまま、覚束ない足取りで土煙の外へと歩み出てきたのだった。




