1347話 食らい合う獣のように
打ち合わせた得物がミシミシ。ギシギシと軋みをあげ、その鍔迫り合いの過激さを物語る。
状況はまさに、まるで互いの首に匕首を突き付け合ったかのような、完全な拮抗状態だった。
刀と脇差しを用いるヤヤとの鍔迫り合いは、本来ならば成立などするはずもない。
守備と攻撃を同時に行えるヤヤならば、片方の刀で敵の攻撃を止めている間に、相手を斬り伏せる事など容易い事。
しかしテミスは、圧倒的な膂力を以てその不利を圧し返していた。
「ぐッ……くくッ……ぎッ……」
「ハッ……!!! そう簡単に逃がしはせんぞッ!!」
固く歯を食いしばり、ヤヤは両手に握り締めた刀に全力で力を籠めるが、刃を合わせた箇所からチリチリと火花が散る度に、少しづつ圧し込まれていく。
先程から、テミスの斬撃を受け流すべくヤヤは右へ、左へと僅かに刀を動かすも、その度にテミスは細やかに大剣へと籠める力を調整し、ヤヤに反撃の隙を与えないでいた。
ならば、せめて一瞬。
僅かにでも一刀にて抑えられる程度に力が緩めば、一瞬で勝負を決める事ができるものを……!!
そう胸の中で吐き捨てながら、ヤヤは現状を脱するべく虎視眈々とテミスの隙を伺っていた。
「ククッ……!! その目……まだ何かを狙っているな?」
「ッ……!!」
僅かにでも気を抜けば反撃が来る。
それを理解しているからこそ、テミスは一分たりとも手を抜かず、渾身の力を大剣へと籠め続けた。
ここでヤヤを逃がせば、攻防共に優れた彼女の剣技を相手にするには骨が折れるだろう。
だが幸い、初撃で迂闊にもこちらの懐へと飛び込んできてくれたのだ。
「ならばこの機……逃す手は無いッ!!」
「ウッ……!! ぐぅぅぅぅぅッッッ!!!」
叫びと共に、テミスが更に大剣へと力を込めると、苦し気な唸り声と共にヤヤは遂に地面に膝を付いた。
しかし、追い込まれて尚その目から闘志は失われておらず、寧ろ窮地に追い込まれた今こそ、より輝きを増しているようにも見える。
「…………」
何だ……? 何が狙いだ……?
そんなヤヤの態度に胸騒ぎを覚えたテミスは、彼女の狙いを看破すべく素早く胸の内で現状を再確認する。
ヤヤは相変わらずこちらの斬撃を二刀で辛うじて受け止めている状態だ。
加えて、膝を付いてしまえば、蹴りや体術を絡めて間合いから抜け出す事も不可能だろう。
そもそもヤヤ程の力量の持ち主であれば、ここまで体勢を沈められてしまう前に、試す事ができる方法などいくつでもあっただろうに……。
「ン……!? 体勢ッ!? しまッ――!!」
「――ッ!! チィッ……!!」
ヤヤの狙い。
それは、膝を付くほどに体勢を低く保つ事で、地面を用いて大剣を受け止め、反撃に転ずるというものだった。
だが、すんでの所でその狙いに気付いたテミスが後ろへと飛び退くと、狙いを看破された事を察知したヤヤが強引に追い縋る。
「逃がさないッ!!」
「ハッ……逃げているつもりなど無いッ!!」
テミスは脇差しを高々と振り上げて追跡してくるヤヤを迎え撃つべく、斬り下がる形で眼前の空間を大剣で薙ぎ払った。
しかし、ヤヤは振り上げた脇差しを自らの身に引き寄せて大剣の刃を受け止めると、そのまま空中で身を翻してテミスの一撃をいなして躱す。
「この程度ッ!!」
「そうだろうなァッ!」
「……ッ!!! グッ……ゥッ……!!」
直後。
ヤヤは大剣を薙ぎ払った後のテミスへと追撃を加えるべく、斬撃を躱した体勢のまま空中で刀を構えた。
だが。高々と構えた刀がテミスへ向けて振り下ろされるよりも早く、岩のように固く握り締められたテミスの拳が、大剣を薙いだ勢いを生かして巻き込むようにヤヤの腹へと叩き込まれる。
無論。空中に居たヤヤにその拳を躱す術は無く、防ぐための一手すらも攻撃へとつぎ込んでいたヤヤは、テミスの拳をまともに受けるほかなかった。
「ガッ……ハ……ァッ……!!」
腹の中心へと深々と叩き込まれた拳は、更に捻りを込めてヤヤの身体を貫かんばかりに突き出され、身体の中身をぶちまけてしまいそうなほどの衝撃をヤヤへと与える。
受け身すら許さぬテミスの渾身の一撃。
それを受けたヤヤは凄まじい勢いで地面へと叩き付けられると、それだけに留まらず土煙をあげてゴロゴロと転がった。
「ゲホッ!! ゴホッ……!! くっ……ぁっ……!!!」
身体を貫いたのは、並の苦痛では無かっただろう。
しかし、ヤヤは強引に地面に刀を突き立てて、テミスから受けた一撃の威力を留めると、激しく咳き込みながらもゆっくりと立ち上がった。
だが……。
「これで終わりだ」
静かに響いた声にヤヤが顔を上げた先では、高々と空中へ跳び上がったテミスが、煌々とその刀身に光を湛えた大剣を振りかぶっていたのだった。




