1346話 真なる双牙
……どうやら、特大の地雷を踏み抜いてしまったらしい。
荒々しく絶叫するヤヤを眺めながら、テミスは密かに意地の悪い微笑みを浮かべていた。
ヤヤの剣の恐ろしい所は、その正確無比な太刀筋と凄まじい迅さ……そして、こちらの狙いを読み透かす冷静さだ。
ならば、この暇つぶしな時間に、少しでも揺さぶりをかけてやろうと思ったのだが。
「……大戦果だな。私を褒めてやりたいくらいだ」
叫べば叫ぶほどに、せっかく取り戻しつつあった体力は無駄に失われる。
ヤヤの憎悪の籠った絶叫に耳を傾けながら、テミスは胸の内で意地の悪い笑みを浮かべていた。
冷静さを欠いた相手ほど、やり易いものは無い。
状況はまさに、テミスの狙い通りに転がっていた。
「貴女が奪ったのは私たちの希望よッ!! 狂乱の王? よくもぬけぬけと言えたものだわッ! あなた達は革命を恐れただけ……人間達が獣人達に加えてきた仕打ちが、己が身に返ってくると知っていたからッ!!!」
最早、テミスが何も言葉を挟まずとも、ヤヤの胸の内から溢れ出す怒りは留まる事を知らず、天を衝くほどの勢いでヤヤは絶叫する。
身体中を駆け巡る血が沸き立ち、怒りが疲弊した身体に力を漲らせていく。
狂ったようにドクドクと早鐘を打つ自らの心臓の音を聞きながら、ヤヤは空いていた左手をゆらりと腰へと持ち上げた。
人間如きに本気を出すまでも無い……。そう思っていたけれどもう止めだ。
コイツだけは全力で……骨すら残さず切り刻んでやるッ!!!
胸の中でそう叫ぶと、ヤヤは戦いの前にテミスから受け取った脇差しを抜き放つ。
「ハァ……ったく……どいつもこいつも。口だけは一丁前の癖に、恨みを向ける先だけは楽をしやがって……」
同時に、テミスはうんざりと深い溜息を吐くと、大剣を構えて鋭い視線でヤヤを睨み付ける。
そこでは、大小二振りの刀を抜き放ったヤヤが、まるで矢を番えた弓のような構えを取っていた。
「……なるほど。あの奇妙な構えの正体はコレか」
テミスは二刀を構えたヤヤの姿を見ると、クスリと小さな笑みを浮かべて呟きを漏らす。
これまでの戦いから察するに、ヤヤの本来の戦い方は攻防が一体となった二刀流。長い方の刀で敵の攻撃を捌いて隙を作り、短い脇差しが刀で作った隙を突いて敵へと襲い掛かるのだろう。
先程までの奇妙な構えは、この二刀流から片方のみを切り取った、いわば守りに特化した構えという訳だ。
「参ったな。やはりあのまま圧し潰しておくべきだったか」
皮肉気な微笑みと共に、テミスは月光斬を放つべく、ゆっくりと大剣を上段の構えへと切り替える。
完璧な受け太刀からの目にも留まらぬ鋭い反撃。一刀であった時でさえ手が付けられなかったのだ、二刀となった今は、あの攻防が同時に襲い掛かってくるはず……。
ならば、こちらも手数を増やせば良い。
テミスは、そう考えていたのだが……。
「カッ!!!」
「ッ――!?」
テミスが己が大剣に力を籠め始めた瞬間。
ヤヤは己が内に溜め込んだ気合を爆発させたかのように鋭く息を吐くと、刹那の内に構えを変え、テミスの眼前へと逼迫する。
まるで、背に生えた翼の如く構えられた一対の刀は、引き延ばされた感覚の中でゆっくりと弧を描いて振るわれ、左右から切り上げるようにしてテミスの身体の中心を狙っていた。
――これは躱せない。
大小一対の刃が己が身へと迫る中、テミスは直感的に眼前の事実を理解する。
後ろへと跳び退がれば、間合いの短い脇差しの方は辛うじて躱す事ができるだろう。だが、逆側から迫る刀の一撃は確実に喰らう羽目になる。
かといって、受け太刀も不可能。
そもそも、こちらの武装は大剣が一振りのみ。どうあがいても、左右から繰り出された斬撃を同時に防ぐ事は出来るはずも無い。
ならば……ッ!!!
「オォッ……!!」
テミスは大剣へと力を注ぎ込む事を止め、全力で後ろへと跳び退がりながら、刀身に薄い光を纏い始めた大剣を眼前のヤヤに目がけて全力で振り下ろした。
退きながらの不完全な反撃とはいえ、紛いなりとも上段に構えた大剣の一撃だ。いかに身体能力の優れた獣人族といえど、片手持ちの脇差し一振りで防ぎ切れるほど温い一撃ではない。
「チィッ……!!」
「クッ……!」
それは、ヤヤとて十二分に理解しているらしく、深々とテミスの胴を切り上げるべく振るわれていた刀は僅かに軌道を変え、空を切った脇差しが振り下ろされた大剣の前へと躍り出ると同時に、ヤヤの頭上で交叉して合わせられる。
その際、歪んだ軌道を描いたヤヤの刀の切っ先がテミスの纏う黒衣の胸元を裂き、内に隠された白い肌が露わとなった。
そして。
「ッ……!!」
「ぐぅぅッ……!!」
ギャリィンッ!!! と。
渾身の力を以て振るわれた三つの刃は、テミスの振り下ろした大剣を、ヤヤが二振りの刀で受け止める形で打ち合わされ、ひと際甲高い金属音を奏でたのだった。




