1344話 拙き奇策
刹那。
傷口から噴き出た血の飛沫が弧を描き、フリーディアが振るった剣の軌跡を描く。
ハルキを倒すべく、フリーディアが狙ったのは胸元だったが、振るわれた剣が当たる直前。何かを察したかのごとくハルキは身を捩ると、己が肩を盾にして身を守ったのだ。
「フフ……」
でも斬れる。
確信と共に、フリーディアが続けざまに剣を振るうと、閃いた斬撃を躱し切れなかったハルキの身体に新たな傷が刻まれていく。
その事実に、ハルキは怒りに呑まれて忘れていた我を取り戻す程に驚愕し、よろりと数歩後ずさった。
「逃がさないわよ?」
「ッ……!! ぐぁッ……!!」
だが、フリーディアは逃げ腰を見せたハルキへ即座に追い縋ると、更に両の肩口へ一撃ずつ斬撃を加える。
放たれた斬撃はさも当然かのように、ハルキの纏う魔力の鎧を突破し、鋭い痛みとなったハルキの身へと降りかかった。
「な……んでッ……!?」
「聞いても教えないわよ? 私たちは敵だもの」
「ウ……ガァッ!!!」
痛みを堪えながら問いかけたハルキに、クスリと微笑んだフリーディアが言葉を返すと、ハルキは再び憎しみを燃やして、自らに残された最後の武器……その鋭い咢でフリーディアを噛み千切らんと襲い掛かる。
だが、フリーディアへと食らい付くべく前に飛び出したハルキの動きに合わせて、フリーディアもまた後ろへと跳ぶと、大きく開かれた口は虚しく空を切り、がちんという音を奏でるに留まった。
「…………」
咄嗟の思い付きだったけれど、何とかなったわ……。
一方で、ハルキの攻撃を躱したフリーディアは、悠然とした表情を浮かべてみせながら、密かに胸をな撫でおろしていた。
剣へと纏わせるための魔力を集めるためにフリーディアが取った方法は、ある意味誰でも思い付くような当然の策ではあるものの、成し遂げる為には途方もない労力と精神力を要するものだった。
一度で集中して魔力を集める事ができないのならば、何度かに分けて魔力を集めればいい。
つまりフリーディアは、ハルキの攻撃によって中断する事を強いられていた溜めの時間を、全て繋げてしまうという離れ業をやってのけた。
無論。それには自らの体内で集めた魔力を保持しておく必要が生まれ、それには繊細な魔力を操る技量と、意識を絶やさない集中力が求められるのだが、フリーディアはその障害を鍛え上げた己の技量で乗り越えたのだ。
「どうして……どうじて人間がッ!! クソッ!! クソクソクソッォ!!」
そんなフリーディアの見せた余裕に、ハルキは捨て鉢になってしまったかのように、喚き散らしながら滅茶苦茶に両腕を振り回して突っ込んでいく。
けれど、そのようながむしゃらな攻撃がフリーディアに通用するはずも無く、易々と躱されて新たな刀傷がハルキの身体へと刻まれた。
「残念だけれど、あなた達の主張はたくさんの人から幸せを奪ってしまう。そんな事は決して許せないわ」
もはや誰の目から見てもその戦局は明らかで。
フリーディアはハルキの放つ攻撃を躱しながらそう言葉を紡ぐと、止めの一撃を加えるべく静かに剣を構えた。
だが。
「っ……!?」
バチンッ!! と。
フリーディアは奇妙な音と共に自らの頬に走った鋭い痛みに、思わず数歩の距離を退いて鋭くハルキを睨み付ける。
今の一撃は完全に躱した筈。だというのに何故……?
正体不明の一撃に、フリーディアは警戒を強めてハルキの様子を窺うが、その答えはすぐに明かされる事となった。
「なんだ……これ……?」
ハルキ自身も、己の放った一撃を理解できていなかったのか、フリーディアの眼前で動きを止めて目を丸くしていた。
その全身は、パチパチと弾けるような音と共に、逆立った毛の間を微かな紫電が駆け巡っていて。
それを見た途端、フリーディアは己の身を襲った攻撃の正体が何であったのかを即座に理解する。
「雷魔法ッ……!! やっぱりッ……!!」
体毛の性質変化ではないもう一つの現象。
紫電を身に纏うハルキの姿に、フリーディアは鋭く呟きを漏らした。
確かに、鎧と化した体毛だけでも十分に厄介な相手ではあったが、無軌道に放出された魔力が引き起こす現象がそれだけであるはずがない。
それが、このような形で発現したことはフリーディアにとって予想外の事ではあったが、予想外の事態が発生する事は、想定の範囲内だった。
「いけるッ!! これならッ!! あいつらのくれた力だッ!!!」
微かな破裂音を奏でながら光を発する己が体に、新たな力の芽生えを確信したのか、ハルキは爛々と目を輝かせて、距離を取ったフリーディアに再び飛び掛かった。
しかし、その先で剣を構えるフリーディアの顔には、何処か穏やかささえ感じるほどの微笑みが浮かんでいて。
「ごめんなさい。生憎そういった手合いの奇策は、いつももっと質の悪いのを相手にしているのよ」
「が……!!? そん……なッ……」
ハルキの身に纏う紫電が己が体に届くよりも迅く。
目にも留まらぬ程の速さでハルキの傍らをすり抜けたフリーディアは、ハルキを一刀の元に斬り伏せると、チラリとテミスの方へと視線を向けてそう嘯いたのだった。




