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125話 強さのカタチ

「クッ……まだなのかっ……!?」


 ガギィンッ! と。重たい一撃を剣で受け止めながらカルヴァスは歯を食いしばって呟いた。


「副隊長ッ! このままではッ!」

「解っている! だがもう撤退は許されん! 戦線を死守せよっ!」


 じわじわと傾きつつあった戦況は今や、完全にヒョードルの私兵たちが支配していた。数で劣る白翼騎士団は完全に包囲され、各々の練度と数が拮抗した事により辛うじて戦闘が継続できている状態だ。


「まずいな……」


 受けた太刀を流した瞬間。その後ろから叩き込まれた槍を籠手で逸らすと、カルヴァスは深々と佇むヒョードルの屋敷を睨み付ける。

 今は辛うじて互角の戦況だが、この状況もそう長くは持たないだろう。頭数は減らなかったとしても疲弊は刻一刻と溜まっていく。このままでは押し切られるのも時間の問題だ。


「まさか……数的劣勢がここまで厳しい物だとは……」


 カルヴァスはそう零すと、屋敷に潜入しているテミスの事を思い浮かべた。

 個々の戦力差こそ異なるが、この戦場こそがいつも彼女たちが見ている景色なのだろう。守りは脆く、打ち込みは弱い。一対一であれば捌くのに苦労しないどころか、頭脳労働をこなしながらでも相手をできるだろう。しかし……ただひたすらに数が多い。

 数が多ければ手数も増えるし、個々が弱くても捌くのに時間がかかる。そして何より、体力の低下による技の衰えが一番の問題だった。


「こんな戦場を……ぐっ……一体幾つ駆け抜けたというのだッ!!」


 次々と襲い掛かる剣が甲冑とぶつかって火花を散らし、その衝撃が更に疲弊した肉体に負担を残して行った。

 魔族連中からすれば自分達人間は虫に等しく弱い存在だ。魔法もロクに操れず、力も劣る。故にひたすらに肉体を鍛え抜いて技を磨き、その距離を縮めんとした。


 ある意味では、その選択は正しかったのだろう。

 だからこそ我等白翼騎士団は人間の剣として魔族を屠り続け、最強の騎士団として名を轟かせた。


「ぐあっ!」

「副隊長っ!!?」

「問題ないっ!」


 カルヴァスの意識が思考へと向いた刹那。白刃が甲冑の隙間を通り、カルヴァスの肉体を傷付ける。しかし、瞬時に身を引いたカルヴァスの傷は浅く、返す太刀で私兵の体を切り捨てた。


「っ……余計な事を考えるなッ……今は、目の前の戦いに集中するんだッ!」


 自戒を込めてカルヴァスはそう呟くと、目の前の兵士たちをギロリと睨み付ける。

 しかし同時に、カルヴァスは封をした感情を完全に理解していた。それは間違いなく憐憫であり、同情であり、そして一抹の罪悪感だった。

 彼等には、己を鍛え上げると言う道しか無かったのだ。故に強靭な肉体を更に研ぎ澄まし、卓越した魔術を研究する。


「大して我々は……」


 封をしたはずの思考がまろび出て、再びカルヴァスの意識を捉える。それにより、カルヴァスの動きは最早騎士と呼べない程に無様なものとなっていた。

 剣は防御を捨て、ただひたすらに敵の顎を喰いちぎる為に振るわれる。対して、自らに浴びせられる刃を躱す事は無く、敵の凶刃は彼の頑強な鎧を傷付けて弾かれるだけだった。


「おおっ!!」


 カルヴァスはまるで、狂戦士のように剣を振るいながら思考の海へと沈んでいく。しかし皮肉にも、戦い方を変えたカルヴァスこそが一番敵兵を討ち取っていた。


 我々人間には選択の余地があった。数を増やすか、質を上げるか。

 しかし仮に、この二つを同時に行っていたら?

 技を極め、力を磨いた兵士の軍団であれば……仮に、こちらの部隊の戦力が全て白翼騎士団と同等だったら?

 人間が怠惰に溺れず、取るべき手段の全てを用いていれば……戦争はもっと早く集結していたのではないだろうか?


「コイツ等ッ……何だこの戦い方ッ!」

「騎士様が鎧を傷付けられて……恥ずかしくねぇのかよッ!」

「目だ! 目を狙え! 鎧の継ぎ目でもいいっ!」


 次第に、騎士達がカルヴァスの戦い方を真似はじめると、圧倒的に劣勢だった戦況がみるみるうちに覆っていく。


「クソッ! まるで魔族じゃねぇかっ! 前線帰りの化け物共めッ!」

「――っ!」


 敵の兵士が忌々しげに吐き捨てたその言葉に、カルヴァスの目が大きく見開かれる。


 ――俺達が、魔族だと? 馬鹿な。これは身に纏った装備の差だ。


 反射的に脳裏へと響いた否定の声を、もう一つの声が更に否定する。


 ――装備も能力も変わりはしないさ。要は強さだ。奴等にとってお前達(・・・)は、魔族と同じに映るんだろうよ。


「知った……事かァッ!!!」


 カルヴァスは頭の中の声を振り払うように叫びをあげると、力任せに自らの剣で目の前を薙ぎ払う。

 頭の中に響いたその声は、どこか憎たらしいあの銀髪の軍団長の声に酷似していた。


 ――その瞬間だった。

 胴を薙がれた兵士の体が、不自然に回転を始めた時。凄まじい爆発音と共に静謐を守っていた館が爆炎を上げた。


「なっ!? 何が起きたッ!?」

「ヒョードル様はッ!? 坊ちゃまたちは無事なのかっ!?」

「そんなっ……フリーディア様ァァァァッッ!!」


 その場に居る全員を混乱が支配し、各々の理由でその心に絶望がのしかかる。そして、その空気を切り裂くように、カルヴァスの絶叫が戦場に響き渡った。


「……喧しい。騒ぐな馬鹿者」

「なっ!!?」


 ゆらり。と。

 煩わし気な言葉と共に、爆炎に燃え盛る屋敷から、3つの人影が歩み出てくる。

 一つは、涙目になりながら二人の後ろにしがみついている小柄な影。

 一つは、もう一つの人影に肩を貸しながら、長い髪をキラキラとなびかせていた。


 そして、一つは。

 同じく長い髪をたなびかせながら体を引き摺り、それでも胸を張って歩んでいる高貴な姿だった。


「戦いを辞めよ! 逆賊ヒョードルは罪を掻き消すために自爆したっ! だが……我等が王女、フリーディア様はお救いしたぞッ!」


 テミスの声が響き渡ると同時に、爆発するような歓声と勝ち鬨の声が白翼騎士団から噴出した。それを囲う兵士たちは次々に武器を取り落とし、次々に背中を向けると駆け出していく。


「……奴等は、正真正銘お前の為に立ち上がったんだ……行ってやれ」

「うん……」


 テミスはそう囁いてフリーディアから体を離すと、後ろのフィーンと並んでヨロヨロとふらつきながらも仲間達の元へと帰っていくその背を見送るのだった。

1/30 誤字修正しました

2020/11/23 誤字修正しました

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