1338話 執念の一太刀
ガギィンッ!! と。
突進と共に振り下ろされた白刃を、紅槍が弾き飛ばし、激しい剣戟の音が奏でられる。
タロの放った鋭い一撃はかなりの迅さと重さを誇っていたが、相対するサキュドはそれをものともせず、続けて二撃、三撃と放たれた斬撃も、円を描くように槍を振るって弾き飛ばす。
「クッ……!!」
「ふん……偉そうなこと言う割に大した腕じゃないわね。まぁ……コイツらよりマシなのは認めてあげるけれど」
「まだ言うかッ!!」
「褒めてるのよ。素直に受け取りなさい」
明滅する火花と得物の打ち合わされる音が響き渡る中、悠然と言い放ったサキュドの言葉に、タロは牙を剥いて怒りの叫びを上げた。
けれど、サキュドはそんなタロの怒りさえも軽くあしらうかの如く、クスリと小さく笑みを浮かべ、咆哮と共に繰り出される斬撃を悠然と捌き続ける。
「ふざけるなッ!! 君のそれは褒めてるとは言わないッ!! 馬鹿にしていると言うんだッ!!」
「あっそ……。面倒臭いわね。どうでもいいのよそんな事」
「どうでもいいだと……ッ!? 戦士の誇りを……僕の仲間達の心を嘲笑ったかッ!!」
「ッ……!! 下らない。あぁ下らない下らないッ!! いい加減に鬱陶しいのよッ!!」
「グッ……ゥ……!!!」
激高するタロを、最初は酷く気怠げにあしらっていたサキュドだったが、幾度も重ねてぶつけられたタロの怒りに苛立ちをぶつけるかの如く、突如として咆哮をあげて紅槍を振るった。
それまでは、あえて刀のみを狙って振るわれていた紅槍が、今回はタロが振り下ろした刀を弾くだけに留まらず、遂に浅く肩を捕らえて抉り裂く。
しかし、傷を受けて尚タロが刀を手放す事は無く、タロは固く歯を食いしばって大きく跳び下がると、再びサキュドへ斬りかかるべく脚に力を込める。
だが。
「決めた。楽には殺さないわ」
「ぐぁッ……!?」
タロが地面を踏み抜く前に、サキュドは一瞬でタロの眼前まで距離を詰めると、残虐な笑みと共に、紅槍で足を貫き地面に縫い留めた。
「あれだけ生意気を言ったのだもの。まさか……簡単に音はあげないわよね?」
「こ……のッ……!!!」
「馬鹿ね。当たる訳ないじゃない」
至近距離で囁かれるサキュドの言葉に、タロは傷の痛みを堪えながら猛然と刀を振るう。
しかし、必死に繰り出した反撃がサキュドを捉える事は叶わず、虚しく空を切った。
直後。タロの足掻きを嘲笑うように、サキュドはクスクスと笑い声を響かせながら、手掌をタロの腹へと叩き込んだ。
「が……は……ぁ……ッ……!!」
「アハハハハッ!! てんで出来損ない。そんなザマで何をするつもりなのかしら? 冗談はその弱っちい腕だけにしてよね」
「ハッ……ハァッ……ウグッ……!!」
「雑魚はそこで黙って見てなさい。邪魔なのよ」
次々と繰り出された連撃に耐え切れずタロが膝を付くと、サキュドは高笑いと共に蔑むようにタロを見下した。
事実。タロの腕前では、テミスに戦いを挑んだところで、一撃と持たず斬って捨てられるのがオチだろう。
だからこそ、サキュドはそんな有象無象の輩がテミスの戦いに水を差そうとしていること自体が許せなかったし、その愚行には百度嬲り殺しても足りない程の苛立ちを覚えていた。
「そもそも、『戦い』になんてならないのよ。今ので解ったでしょ? やり過ぎるなって命令が出されているから生かしておくけれど……アンタの誇りってやつはその程度なのよ」
「ッ……!!!」
冷たくそう言い放ち、サキュドが静かにタロの側からゆっくりとした歩調で歩き出すと、タロはその背後で苦悶の声と荒い息を漏らしながら、刀に縋って立ち上がるべく、ザクリと傍らに刀を突き立てる。
「止しなさい。無駄だから。無駄死にはしたくないでしょう?」
「確かに……。僕は君に比べて弱っちいのかもしれない。君がその気になれば、一瞬で殺してしまえるのかもしれない……でもッ!!! 僕にとってこの戦いは、そんな程度で投げ出していいものじゃないッ!!」
涼やかに忠告をするサキュドを無視して、タロは絶叫と共に再び立ち上がった。
無論。彼が負った傷は深く、傷口からは今もボタボタと血が滴っている。
しかし、ギラリと見開かれた瞳は爛々と輝き、ボロボロに傷付いて尚闘志はかけらも衰えてはいなかった。
「ふぅん……? ッ……!? こいつッ……!?」
「ッ……!! へ……へへ……」
そんなタロにはじめて、サキュドが興味を持ったかのように息を漏らして振り返った時だった。
踵を返そうとしたその足を、傍らに倒れ伏していた兵がガシリと掴んでサキュドの動きを止める。
「タロォッ!! 今だ!! やっちまえッ!!」
「――ッ!! このッ……!!!」
「ウ……ォォォォオオオッ……!!!!」
「クッ……!!」
刹那。
即座に反応したサキュドは、自らの足を掴んで高らかに叫びを上げる兵士の腕を紅槍で刺し貫いて自由を取り戻すが、同時にタロが叫びをあげてサキュドへと斬りかかった。
だが……。
「あ……がッ……!?」
「……誇りなさい。一瞬とはいえ、アタシに本気を出させたのだから。その執念だけは認めてあげる」
神速で閃いた紅の軌跡がタロの身体を斬り裂き、タロは突進の勢いを失ってヨロヨロと数歩進んだ後、サキュドの隣で血飛沫と共にドサリと崩れ落ちる。
サキュドはそんなタロに一瞥すらくれる事無く身を翻すと、頬に着いた返り血を拭いながら静かに呟いたのだった。




